第14回■巨人軍底力の秘密-鬼寮長の選手教育- (著者 武宮敏明)
「新入生、バットを見せい!」
動画ではノリノリの物マネを披露するビブリオ・小野店長。マネをされる人物はズバリ、巨人軍の「鬼寮長」として恐れられた
武宮敏明氏であります。当時は川崎市中原区新丸子にあった巨人の合宿所「多摩川寮」の寮長は規則に大変厳しく、門限やその他規則を破った選手には容赦なく鉄拳制裁を浴びせるなど、数々の伝説が残っています。
その名物寮長が自ら“聖なる儀式”と呼んでいたのが、風呂場での新入団選手たちの下半身観察。
「全員、不動の姿勢で一列に並べえ!」という命令とともに、タオル一枚もまとわず並ぶ選手たち。累計で「約550本以上の“バット”を精緻に鑑賞してきた」と豪語するこの訳の分からない行為には、実はしっかりと裏付けがあるのです。鬼寮長曰く、まずバットの“色”を見て、彼らが自分の所有物をこれまでにどれほど使いこなしてきたかを見る、と。「うん、こいつは見かけによらずウブなんだな…おっ、右から2番目のヤツは風俗で十分、欲望をコントロールできそうだぞ……おやおや、こいつは童貞かもわからんから、よくよく今後を見張っとかなきゃいかんな」といった具合に、その“バット”を参考にして、若い選手たちの下半身の健康度をチェックするのだといいます。恥ずかしながら少しでも臨場感を体験してもらえるよう、あえて原文のままで書いております、ハイ。
今の時代だったら明らかに問題になっているのでは…と、ヒヤリとしますが、効果のほどは確かにありました。熊本工時代はエース・
川上哲治のブルペンキャッチャーだった武宮氏。多くの野球関係者は「川上監督のV9は武宮敏明という二軍をあずかる地味な女房役に大きく支えられたんですよ」と語っています。
確かに土井正三や中村稔、高橋一三、堀内恒夫、柴田勲といったV9戦士が鬼寮長の元から大きく羽ばたき、他にも西本聖、淡口憲治、定岡正二、中畑清、篠塚利夫といった昭和の巨人軍黄金時代を支えた偉大な選手たちも皆、鬼寮長に鍛え上げられてスター選手への階段を駆け上がっていったのです。
この本ではそんな「鬼」寮長が見た、栄光の巨人軍に入団した新人選手たちが過ごした寮生活時代の数々の「鬼」エピソードが赤裸々に書かれています。
その一例を挙げると、鳴り物入りで入団するもなかなか芽が出ずにいた
定岡正二投手とのエピソード。食の細い定岡に対してもっと食事をたくさん摂れと助言するも「食べ過ぎるとスタイルが格好悪くなりますから」とアッケラカンと答える定岡。もちろん鬼寮長は一喝しますが、徐々に成長していく選手と、それにともないアドバイスする鬼寮長のやりとりは実に興味深いのです。
昭和49年の夏の甲子園で一躍人気者になった定岡。その甘いマスクは全国の女性ファンを虜にし、入団直後には寮の周りに、あまりにもたくさんの女性ファンが訪れたことに憤慨した鬼寮長は前代未聞の「女性ファン立ち入り禁止」の看板を掲げ、完全にシャットアウト。昭和55年に9勝をマークして「寮を出たい」と具申してきた時には「来年2ケタ勝ったら無条件に出してやる」と厳しく突き放します。しかしこれが功を奏し、見事に翌56年には11勝をあげ、さらにその翌年には15勝をあげるなど、巨人軍投手陣の柱に成長するのです。女性に人気のあった定岡のことだから、中途半端な実力のうちに寮を出たら本人のためにならないのではないか、という親心がそこにはありました。
他にも印象深かったのは、その「成功者たち」とは逆の、志半ばで武運つたなく野球から離れていった選手たちとのエピソード。「巨人軍魂を身につけた男たち」と題されたコーナーで紹介されており、例えばプロレス界に転向した
馬場正平や、巨人から阪急へ移籍し、引退後に
球団マスコット・ブレービーのぬいぐるみの中に入っていたことで知られる島野修など、多士済々な面々の寮生活時代についても書かれています。
「誰が名付けてくれたか知らないが、多摩川には“鬼”が出ると言われたらしい」と自ら語る鬼寮長。昔はバットのグリップで選手の頭をコツンとやるも、やり過ぎでその選手がヘルメットを被れなくなるほどのコブができた話や、それはマズイのでバットの代わりに竹刀へと切り替えるも、叩きすぎて竹刀が壊れるのですが、近所の玉澤運動具店が頃合いを見て補給してくれるといった入念さを披露していたり…。あの「悪太郎」と呼ばれたやんちゃ盛りの
堀内恒夫には門限を破る度に、ビシビシとお灸を据えたこともあったそうです。たくさんの“鬼”エピソードが詰まっています。
長きに渡ってプロ野球選手の光と影を目の当たりにしてきた鬼寮長。自らの戦時中の体験を踏まえ、選手たちには「自分だけは、タマ(解雇通告)に当たらない選手になるよう、必死で生きろ」と言い続けました。2010年にお亡くなりになっていますが、体罰についていろいろと話題になっている今こそ、じっくりと話を聞いてみたかった人物だなと強く思いました。
■プロフィール
小野祥之(おの・よしゆき)/プロ・アマ問わず野球界にて知る人ぞ知る、野球本の品揃え日本一の古本屋「ビブリオ」の店主。東京・神保町でお店を切り盛りしつつ、仕事で日本各地を飛び回る傍ら、趣味はボーリング。と、まだまだ謎は多い。
文=鈴木雷人(すずき・らいと)/会社勤めの傍ら、大好きな野球を中心とした雑食系物書きとして活動中。自他共に認める「太鼓持ちライター」であり、千葉ロッテファンでもある。Twitterアカウントは@suzukiwrite
■お店紹介
『BIBLIO』(ビブリオ)
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目25
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