野球マンガ格言集・球言!『砂の栄冠』『ドリームス』『ドカベン』より
「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
選手が極度の緊張を強いられる甲子園では、初回のミスがじつに多い。もし守備の乱れから失点してしまったら、ダメージは甚大。反対に、もし先攻を取ることができれば得点の可能性は高い。
《寸評》
手もとの資料によれば、甲子園で先制点を取ったチームの勝率はじつに71.5%(※26)。この数字を見るだけでも、先に得点の機会が訪れる先攻のほうが有利だとわかる。決勝点が入る確率も1〜3回までの序盤が総じて高く、終盤の攻防よりも勝敗に与える影響が大きいという。
※26・『甲子園戦法 セオリーのウソとホント』(川村卓、中村計/朝日新聞社)より
《作品》
『砂の栄冠』(三田紀房/講談社)第8巻より
《解説》
樫野の七嶋裕之は、甲子園のバックネット裏にいる常連・滝本から「甲子園では先攻を取れ」と教わる。守備と打撃では、守備のほうがプレッシャーがかかる。いきなり緊張状態から試合へ入るのと、いくらかリラックスして入るのとでは精神的にまったく違う、と滝本は語る。
「特に甲子園では 初回にミスするケースが実に多い 選手の足が地に着く前が一番危険な時間なんや」
滝本曰く、高校野球でもっとも勝率の高い戦法は「先攻を選んで点を取り 立ち上がりで相手の平常心を奪ってしまう」こと。七嶋はその教えをしっかりと守り、ガーソこと曽我部公俊監督が後攻を希望しても、自らの判断で先攻を選択。センバツの21世紀枠を目指し、埼玉県の秋季大会を勝ち進んでいった。
★球言2
《意味》
甲子園には特有の浜風が吹く。他の球場と同じように打つと、向かい風に影響されて打球が上がり過ぎ、飛距離が伸びない。やや低く打つことで、適度な浮力が得られるようになる。
《寸評》
甲子園に限らず、追い風以外の強風が吹く球場では、似たような現象が起きると考えられる。特に観客席が高く、急勾配に設置されている球場では、グラウンドレベルにおいてはあまり風が気にならなくとも、上空へボールが出た途端、角度が上がっていくことがある。
《作品》
『ドリームス』(七三太朗、川三番地/講談社)第33巻より
《解説》
夏の甲子園大会で2回戦へ進んだ夢の島高校に緊急事態。エースで4番の久里武志が前夜、監督たちの酒を盗んで泥酔。翌朝になっても目を覚まさず、ベンチで眠り続けていた。
代わりを務めたのは、夢の島におけるもう一人の実力者・赤倉太。初回を三者凡退に抑え、裏の攻撃で4番として打席に立つ。
ボールの中心から7ミリ下を打つことで、打球の飛距離が出ることを久里から学んでいた赤倉だったが、一方で「その理論は風の無い場合だ」と看破。甲子園には浜風が吹くため、7ミリ下を打つと浮力が生まれすぎ、スタンドまで届かない。「風を受けてちょうどいい角度へ変わる」には6ミリ下を打つこと。赤倉の放った打球が、風を切り裂きながらスタンドへ向かう。
★球言3
《意味》
バックネット裏に設置された、甲子園球場独特の銀傘。球場内の大声援は、この銀傘によって一つの異常な音の塊となり、マウンドにいる投手の腹へ響く。甲子園の「もうひとつの敵」である。
《寸評》
「甲子園球場のマウンドを踏んだ多くの投手」が、「口をそろえて」話すという、銀傘が生み出す「異常な音のかたまり」。伝説の明訓対弁慶を実況したアナウンサーは、その音を「ズウ〜〜ン」という擬音で表現。あの義経光も「お」と驚きの表情を見せていた。
《作品》
『ドカベン』(水島新司/秋田書店)豪華版・第18巻より
《解説》
のちに伝説となって語り継がれることとなる夏の甲子園大会2回戦、明訓と弁慶の激闘。山田太郎の初球ホームラン以降、両者とも得点を取れずに迎えた4回裏。弁慶の4番・武蔵坊数馬が、明訓のエース・里中智を相手に執念で12球目まで粘る。投じた13球目。武蔵坊が捉えたボールは、ジャンプした二塁手・殿馬一人のグラブの中へ。里中がバンザイをして喜ぶ。
続く5回表。弁慶の義経光がマウンドへ上がると、6万人の大声援が沸き起こる。甲子園独特の銀傘が生み出す、異常な音の変化。大声援が一つの塊となって、義経の腹へ響く。グワオ〜〜ン。ヅウオ〜〜ン。その形容し難い音を、アナウンサーは「甲子園のもうひとつの敵」と呼んだ。
■ライター・プロフィール
ツクイヨシヒサ/1975年生まれ。野球マンガ評論家。幅広い書籍、雑誌、webなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。ポッドキャスト「野球マンガ談義 BBCらぼ」(http://bbc-lab.seesaa.net/)好評配信中。
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