●次男なき我が家で妻が語る「返信理想論」
「今頃、なにしてるんだろうね。ちゃんとご飯食べれてるのかなぁ。練習はちゃんとついていけてるのかなぁ?」
晩御飯を作りつつ、妻が独り言のように言う。
前回、生まれ育った兵庫県から関東の高校へ進学した次男の入寮までの様子を記したが、自宅に戻った翌日から、妻はずっとこんな調子である。
「もう、今そんなに心配したところで実際の答えなんかわからないんやし、考えたってしゃあないやん」
「そうなんだけどさ……」
野球部の寮の規則では、携帯電話が使えるのは朝一番から練習開始時まで。練習が終わり、寮に戻ると住み込みのコーチに携帯電話を預け、翌朝に再び配布され戻ってくる、というサイクルらしい。夜に携帯電話を持たせると、各自が画面に没頭してしまい、部員同士のコミュニケーションが減ってしまう、というのが夜間に没収する大きな理由だとか。
「寮の起床時間って何時って言ってたっけ?」
「6時前みたいね。そこから全員で寮の掃除をしてから学校の食堂に移動して、朝ごはんを食べる流れみたい。夜にLINEを送ると、翌朝の6時頃に既読になって、そこから返信が返ってくる感じかな」
携帯が朝に戻ってきた際、父と母の両方から心配のメールが別々に入っていたら、さぞや嫌だろうなと思い、今のところ、連絡ごとはすべて妻に任せることにしている。
妻はタイムラグがありながらも、返ってくる息子の返信が待ち遠しくてたまらない様子だ。
「私が打った内容に対する返信は朝一と、練習行く前の時間に返ってくるパターンが多いかな。でも、私が打ったら、すぐに既読マークがつく時もけっこうあるのよね。そうなると『友達がいなくて、ずっと携帯の画面見てたんじゃないだろうか』なんて想像しちゃう。返事は嬉しいけど、既読マークはすぐにはつかないでほしいかな。『仕方ねえなぁ、おかんが心配するから面倒くさいけど返事しとくか』みたいな感じの返信が理想だね」
内心「めんどくせーよ」と思いつつ、そんな妻の「返信理想論」にふんふんと頷きながら、また1日、次男なき家で過ごす夜が過ぎていく。
●妻、一人で関東再上陸
次男を送り出してから1週間後、高校の入学式があった。わずか1週間で再度の関東移動を一時は躊躇したが、妻にとっては「わずか」というよりは「されど」に近かった1週間。息子から「入学式くるんやろ?」という連絡が入っていたこともあり、新幹線による1泊2日のスケジュールで、妻のみ入学式に参加することになった。
入学式当日の夜にはコーチの計らいで2時間半ほど外出の許可が出たらしく、寮の近くのしゃぶしゃぶ食べ放題の店にて、息子と2人きりで食事ができたと報告してきた妻。寮に戻る息子と別れると、すぐさま長文メールが私の携帯に入った。
〈家では口数そんなに多くないのに、時計気にしながら、2時間半ほとんどしゃべってたわ。ちょっと弱音も吐いてたかな。『えらいとこに足突っ込んでもうた』『今度おれいつ家に帰れるんやろ』とか言ってたから。学校で私の顔を見つけた時もすごくホッとした顔してたしね。寮に住み込んでるコーチも『この1週間、すごく不安そうでしたから』って教えてくれて。来てよかったかなと思ったよ。それに私一人でよかったかも。お父さんの前ではあんなに弱音吐けなかったと思うから〉
妻を一人で行かせたのは「そのほうが息子も色々と本音でしゃべるに違いない」という予感があったからなのだが、妻の話を聞く限り、どうやら正解だったようだ。
●連絡があるうちが花!?
翌日、家に戻った妻の土産話が止まらない。
「寮の食事に文句言ってる1年生もいるらしいけど、自分は我慢できるけどなぁ、って言ってた。家で美味しいもの食べつけてないことがよかったほうに作用してるよ」
「練習では1年生はとにかく走りまくってるみたい。寮の先輩に『今なんか序の口。夏までに今の5倍くらい走る距離延びるぞ』と言われて、一瞬気が遠くなったってさ」
「寮の食事時間に先輩のコップの水があるところまで減ってたら、すかさず1年生が入れに行くっていうルールがあるんだって。しかも入れに行く際のやりとりのセリフも全部台本のように決まってるとか」
「制服のネクタイの結び方、教えるの忘れてたけど、先輩に聞いて、ようやく1人で結べるようになったらしい」
「今は2段ベッドの上で横になってる時間が一番落ち着くらしいよ。夜は携帯が使えないから仕方なく本を読んでたら、読書に目覚めたって言ってた」
いいことじゃないですか。家にいたら本を読もうなんていう気に果たしてなったかどうか。妻は続けた。
「メールでも言ったけど、しゃぶしゃぶ食べながら、ひたすらしゃべってたよ。『想像以上の世界が待ってた』とは言ってたけど、単なる弱音じゃなかったかな。私としゃべることで気を晴らしながら、自分にいろいろ言い聞かせてる感じだった。なんか、今の状況をこんなふうに例えてたよ。『ガラケーからスマホに乗り換えたばかりの人が、いろんなジャンルのアプリを知らない人に勝手にガンガン入れられて、そのスマホをいきなり仕事で使え! って言われてる感じかなぁ』って。覚えなくっちゃいけないことがたくさんありすぎて、1日中神経が休まる暇がないしんどさだってさ」
ちょうどその時、妻の携帯に息子からLINE連絡が入った。「なんだろう…? 私に会ったから里心ついて、家に帰りたいとかじゃないだろうな……」と言いながらおそるおそる画面を開く妻。
「『今洗濯してるんだけど、つけおき洗いの正しいやり方を教えてください』だってさ」
思わず、吹き出してしまった私と妻。妻が「同室の先輩に聞いたらいいじゃない」と打ち返すと、
〈疲れてる先輩たちにそんなしょうもないこと聞けない。ただでさえいろんなこと教えていただいて、お世話になってるのに…〉との返信が。
「いただいて、なんて言えるようになったんだ」と言いながら、妻はこう続けた。
「こないだ息子を野球留学で九州に行かせたことがあるお母さんに言われたのよ。『服部さん、大丈夫。慣れるごとに、連絡も最小限になっていって、最終的にはお金を無心するときしか連絡してこなくなるから。男の子ってそんなもんよ』って。こんな質問してくるんだから、まだまだそこまでいってないよね」
「そうやな。はよ教えたれ。そのつけおき洗いとやらを」
仕方ないなぁ、などと言いながらどこか嬉しそうな妻。次回、息子に会った時、はたしてどのくらいの成長を感じ取れるだろうか。
その日が今から楽しみでならない。
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。