革命が起きていた。その現場は、今年のプロ野球「クライマックスシリーズ パ」ファイナルステージを中継したNHK-BSのテレビ画面だ。おなじみのBSOカウントや得点表示のほかに、9分割された長方形のマス目が画面スミに登場。ピッチャーが投球するたびに、その球がどこに収まり、ストライクかボールかが瞬時に表示されていた。
「ん? そんなの今までもあったよね。何なら野村スコープの時代から」と思われるかもしれない。だが、さにあらず。
これまでの配球チャートは全て手打ち。ある意味ではとてもアナログな表現だった。ところが今回、NHK-BS中継で採用されたのは「PITCHf/x」というトラッキング(自動追尾)システム。配球チャートもカメラ映像を元に自動表示。さらには、投球がどんな軌道でコースに決まったのかまでCGでわかるようになっていた。
この「PITCHf/x」は、球場に設置したカメラ映像をもとに、投球の軌跡や変化量、打球角度、初速度などの各種データを自動で取得するもの。MLBでは2008年から全30球場でこのシステムを導入済。今回、さまざまな競技のデータ分析・配信などでおなじみの「データスタジアム株式会社」とNHKがタッグを組み、日本球界初の試みが実現した、というわけだ。
「PITCHf/x」システムが日本でも本格導入されると、まずはストライク・ボールが明確に可視化されることになり、結果的に審判技術の向上につながる、といわれている。また、コースや球種、球速以外に、球の「変化量」がわかるため、投手の特徴をより具体的に、詳細に分析できるようになるのが大きな特徴だ。
この話題に関しては、データスタジアムが今年上梓した『野球×統計は最強のバッテリーである』(中公新書ラクレ)に詳しい。特に第3章「トラッキングシステムの世界」では、「ストレートはすべてシュートする」「ストレートは『ホップ型』『真っ垂れ型』『サイドスロー型』『真っスラ型』『平均型』の5種類ある」などなど、投球に関する新常識が満載。野球好き、データ好き人間にとって興味深い内容になっている。
「“打たれない投手”はどんな特徴があるのか? ひとつの回答が『ギャップ萌え』です」
野球なのに『萌え』? こんな言説を展開した神事助教は、バイオメカニズムの見地からボールの変化量に関する研究を進める第一人者だ。過去にデータを計測した投手は500人以上。上述した『野球×統計は最強のバッテリーである』でもトラッキングシステムの見方や活用方法に関して解説をしている。
神事助教によると、たとえば藤川球児のような「ホップ方向に大きく曲がるストレート」でなくとも、2つのパターンで打たれにくい投手が存在するという。
ひとつは「球速はそれほどではないが、球の回転数が平均よりも多い投手」。もうひとつが「球は速い割には回転数が少なく、ボールが垂れる投手」だ。前者の場合、打者はボールの下側をこすってフライになりやすく、後者の場合は、ボールの上側を叩いてゴロになる場合が多い。
「投手の仕事は打者を錯覚させること」と語る神事助教。つまり、球速と回転のミスマッチ(ギャップ)によって、たとえ空振りは奪えなくても凡打を築くことができる、というわけだ。
従来、なぜか打たれない投手を評価する場合、「手元で微妙に曲がる」や「キレがあるストレート」といった感覚的な言葉で説明するほかなかった。
だが、冒頭で紹介した「PITCHf/x」などのトラッキングシステムを導入できれば、「手元で○○cm沈んだ」「平均的な投手よりも○○回転多いからホップする」といった形で、投手の特徴をより具体的に評価・分析できるようになると期待されている。
トラッキングシステムは、サッカーでは今年からJ1全試合で導入済み。それによって得られるデータがチームづくりに影響を与え、ファンも新たな視点で選手やチーム、競技そのものを深く掘り下げることが可能となった。
『野球×統計は最強のバッテリーである』では、データスタジアムのアナリスト金沢慧氏がこんなコメントを残し、トラッキングシステムがもたらす未来に期待を寄せている。
《これからは投手の球速だけに一喜一憂する時代ではなく、変化量にうなる時代にしたい》
プロ野球はこれから長いオフシーズン。来たる2016年シーズンに向け、ファンも新たな野球の視点を培う期間にしてみてはいかがだろうか。
取材・文=オグマナオト(おぐま・なおと)