10月25日、日本野球機構(NPB)は、統一球問題に関しての第三者委員会による調査報告書を公表した(http://p.npb.or.jp/npb/20130927chosahokokusho.pdf)。
81ページにも及ぶ内容は、一部マスキング処理が施されているものの、NPB職員や12球団幹部、そしてボールを製造したミズノ社とのやり取りが生々しく綴られている。今回はその中から、筆者が特に気になった箇所を何点か抜き出し、改めてこの問題を振り返ってみたい。
【概要まとめ】
報告書を端的に要約すると以下の内容になる。まずはここだけでも押さえておきたい。
導入元年の2011年と翌2012年は、反発係数の下限値である0.4134を下回る、いわゆる「飛ばないボール」が大量に公式試合で使用されていた。
このため、「飛ぶボール」への変更求める声が球界関係者から起こった。特にセ・リーグでこの傾向が強く、12球団全体としても同様の意見が優勢だった。
この声を受け、下田邦夫事務局長が2013年用統一球から、ゴム芯を変更して、反発係数が下限値内に収まるよう、ミズノに指示を出した。
コミッショナーが経緯を知っていたかどうかは断定できないが、本件に起因する混乱を招いた責任を免れることは許されない。
この4点以外で、筆者が気になった箇所を以下に記していきたい。
【下田事務局長の暴走】
この報告書の中で、もっとも生々しく、苛立ちを隠せないのが41、42ページの記述だ。ここでは、2012年10月27日に行われた下田事務局長と12球団幹部とのやり取りが記されている(なお、加藤コミッショナーは日本シリーズに伴う公式行事参加のため、この場には居合わせていない)。
まず、下田事務局長が統一球の仕様変更に関して、事務局に一任するよう提案する
《ボールを変えるというのは、対外的に発表するような話しではないと思うので、皆さんの意見を聞いた上で、事務局の方で決めることに一任していただければと思う》
これに対し、12球団幹部たちからは「黙って変えちゃうのが一番」「これだけの人が聞いてもれないわけがない」といった意見が出たが、下田事務局長は「駄目ですよ、言っちゃ。」と述べ、秘密裡に仕様変更したい意向を示している。
【いつ、どのように仕様変更の指示を出したのか?】
44ページには、NPB担当者がミズノ社にどのような指示をしたかの記述がある。
《2012年11月21日頃、ミズノA部長は、NPB事務局を訪れ、NPB G次長と2人で統一球の仕様変更について打ち合わせを行った。(中略)「最多本塁打が50本塁打になるくらい、3割バッターが10人くらいになるのが理想である。反発係数を上げることはNPBでも下田事務局長しか知らない程度に秘密保持し、もちろん球団にも知らせないので、選手が気づかない程度にしたい」》
たった数人で物事を決め、隠匿を図ろうとした過程がつまびらかにされている。皮肉なのは、「最多本塁打が50本塁打になるくらい」を目標としながら、今季、バレンティン(ヤクルト)が60本塁打を放ったことだ。背広組の勝手な思惑を、選手の力で吹き飛ばした点に、まだプロ野球の可能性が見て取れる気もするが……。
【誰も公表しようとしなかったのか?】
上述したように、最初から秘密裡に話を進めようという思惑で進んだ統一球の仕様変更。これに誰も異を唱えなかったのか? 51ページには、事実の公表を巡ってのミズノ社の苦悩が記されている。
《2013年シーズンのオープン戦が始まり、実際に球団関係者や選手からボールの飛び方が去年と違うという話が出るようになり、(中略)ミズノB部長は同年3月28日頃、下田事務局長に対して、「そろそろ公表はされないんですか」と進言したが、同人から「いや、いいんだよ。」と言われた》
ミズノからはこれ以前にも公表を何度か進言していたが、その都度、「いいんです。大丈夫です」と言われ続けたという。
【変更なのか、微調整なのか】
下田事務局長は、一体何をもって「いいんだよ」と思ったのだろうか? この答えになりそうな記述が64ページにある。
《下田事務局長は「変更」ではなく「微調整」を行ったに過ぎないと理解していた形跡がある》
微調整だから公表しなくていい。微調整だから勝手に進めても問題はない……そんな認識があったことが伺える。
この記述を読んで思ったのは、先週世間を賑わせた阪急阪神HD系列のホテルでの食材偽装事件だ。釈明会見では「偽装なのか、誤表示なのか」という点に質問が集まり、その煮え切らない態度に批判が集まっている。
デジャヴのようなこの二つの事象が同時に世に出たのは偶然ではないはず。以前ならもみ消し、隠匿されていたことが世に出る時代になった、とうことであり、そのことを理解できていない旧態依然の古い体質の人間が、組織の中枢にいる、という悲しさがこみ上げてくる。
共通するのは、認識の甘さはもちろん、ユーザーの顔を見ていない、ということである。統一球問題におけるユーザーとは選手であり、そしてプロ野球ファンのことだ。
報告書では一部の球団関係者から、《ホームランや得点が減り、試合が盛り上がらなくなった。試合が盛り上がらないことと並行して、飲食の売り上げも減っている》(28ページ)という声が上がったことが明らかにされているが、なんだかプロ野球ファンを愚弄していないだろうか?
日本シリーズ第一戦、第二戦で繰り広げられた熱い投手戦を見れば、いかにこの考えが浅はかであるかがわかる。
報告書では他にも、日本野球機構の立ち位置や他組織との関係性の二重構造など、示唆に富むべき内容が非常に多い。伏せ字も多いため、核心に迫りきれない部分もあるが、野球ファンであれば、それぞれの視点でぜひ一読することをおすすめしたい。
文=オグマナオト/1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。また「幻冬舎WEBマガジン」で実況アナウンサーへのインタビュー企画を連載するなど、各種媒体にもインタビュー記事を寄稿している。ツイッター/@oguman1977