かつて巨人時代の松井秀喜が「顔も見たくない投手」とこぼしたのは、阪神の遠山奬志。ぐうの音も出ないほど抑えられ、トラウマの如き悪いイメージを植え付けられたからだ。
そして今年の日本シリーズでは、ソフトバンクの柳田悠岐がヤクルトの久古健太郎に対して、同じ気持ちを抱いたのではないだろうか。まさか自分が2試合連続で同じ投手から三振を喫するなどとは、思ってもいなかったはず。そんな「柳田キラー」となった久古とは、どんな投手なのだろうか。
国士舘高校から青山学院大学、日産自動車、日本製紙石巻を経て、2010年のドラフト5位でヤクルトに指名された久古。左のリリーフ不足というチーム事情から、2011年はルーキーながら52試合に登板。21試合連続無失点を記録するなど、5勝20ホールドという成績を挙げ、まさに即戦力という活躍を見せた。
しかし好事魔多し。その年のオフに血行障害の手術を行い、血管を圧迫していた肋骨を取るなどの大手術となってしまった。これが尾を引き、ルーキー時代のフォームを取り戻し、固めることができず、成績は不安定になった。2013年は「らしい」投球が復活したと感じさせたものの、その後はまた1軍と2軍を行ったり来たりすることに。今年も開幕当初は2軍の戸田に通っていたが、5月から1軍に定着。ようやく術後の体に慣れてきたのか、ホールド数こそルーキー時代に及ばなかったものの、キャリアハイの防御率を記録するなど、チームの14年ぶりのリーグ優勝に貢献した。
紆余曲折ありながらもチームの主力になっていった久古は、この日本シリーズでは主に対柳田用のワンポイントリリーバーとして待機。左打者の内角を突けるコントロールを持つ久古なら、ソフトバンクのキーマンを抑えられると、真中満監督は踏んだのだろう。
その読みはまさに的中し、二度の対戦を共に三振で切り抜けた。さらに盗塁したランナーを刺すというゲッツーのおまけ付き。
この結果は、柳田自身がシリーズ通して調子が上がっていなかったことも影響しているとは思う。久古が抑えたのも4戦目と5戦目であり、ホークスの日本一が決まろうとしていた頃だ。
しかし3打席連続ホームランを打った山田哲人のように、打者は一つのきっかけを機に息を吹き返すことがある。柳田が調子を取り戻したら、ホークス打線はまさに穴がなくなる。だからこそ、ヤクルトが勝つためには、どんな時でも柳田は抑え続けなければならなかった。そして久古は、最高の形で監督の期待に応えてみせた。
チームとしては負けてしまったが、久古は来年以降さらに成長、いや進化していくはずだ。ルーキー時代から活躍していたことから、技術的には問題ない。今年の投げっぷりから、術後にバランスを崩していた身体も元に戻ってきた。そこに加えて、大舞台で柳田という大打者をキリキリ舞いにさせたという事実が、大きな自信となって久古を更なる高みへ誘うだろう。変則左腕から「日本一」の変則左腕へ。また一人、将来を期待したくなる投手が現れた。
文=森田真悟(もりた・しんご)
埼玉県出身。地元球団・埼玉西武ライオンズをこよなく愛するアラサーのフリーライター。現在は1歳半の息子に野球中継を見せて、日々、英才教育に勤しむ。