前編はコチラ
野球がない日はつまらない! 試合が気になって仕事が手につかない! そんな熱烈プロ野球ファンの生態を調査する連載企画「そこまでやる!? プロ野球ファンの生態レポート」。第3回(前編、後編)となる今回は、第1回に続いてAさん(30代前半、ヤクルトファン)が再登場。IT企業で忙しく働きながら、神宮球場でのすべてのヤクルトホームゲームの他、遠征も含めると約70試合を観戦した筋金入りの野球女子だ。後編となる今回は会社を休んで馳せ参じたヤクルトの秋季キャンプを聞いてみた。
まずは前編のおさらいから。もともとAさんはイタリアサッカー界のイケメンスター、フィリッポ・インザーギのファンで野球にはさほど興味がなかった。しかし、2009年の第2回WBC、テレビのなかで躍動する青木宣親(ヤクルト)にビビビと電気が走る。「やだ何、かっこいい!」。いそいそと神宮球場にかけつけると、青木が“王子よろしく”とばかり先頭打者ホームランでAさんをお出迎え。この運命の出会いをきっかけに、ヤクルトとともに、そして球場観戦とともに過ごす“野球女子の日々”が始まった。
神宮球場でのヤクルトホームゲーム全試合観戦というツワモノだけに、秋のキャンプも気になる。そこで2012年、2017年に続き、今秋、3度目の遠征を決断。3泊4日で松山・坊っちゃんスタジアムへと駆けつけたのだ。
前編では坊っちゃんスタジアムまでの旅路、観戦時の食事などの留意点、ちょっとさみしい球場の様子、大きな望遠レンズ付きのカメラを片手にお気に入りの選手を追いかける野球女子の熱気などを語ってもらったが、今回は若手選手のフレッシュな息吹があふれる練習について聞いてみよう。
Aさんがヤクルトの秋季キャンプに引き込まれたのは、宮本慎也ヘッドコーチが檄を飛ばす“鬼のキャンプ”に喰らいついていく選手たちの姿に「何かが変わりそうでワクワクした」から(宮本氏は、2012年は選手兼任コーチ、2017年からヘッドコーチに就任)。今秋もいい緊張感がグラウンドにみなぎっていた。
そんなAさんが今秋、特に注目したのが村上宗隆と宮本丈。期待のルーキー2人が今、どんな状態で、どう変わっていくのか確かめたかった。そして、2軍の選手が1軍のコーチに教えてもらってどうかわるのかも興味あり。ちなみに、Aさんは神宮球場に通ううちに「あの子がこんなに立派になって」と母親のような慈しみの眼差しで「あまり強くないけど、たまに強い」ヤクルトの選手全員を応援するようになっていった。なので「村上君と宮本君は顔目当てじゃないです(笑)」とのこと……。
「球場は静かで耳をすませばコーチと選手の会話が聞こえてくるし、あとは練習音とカシャカシャっていうシャッターの音だけ。普段の球場とは違う雰囲気が新鮮で面白い」とAさんが見つめるグラウンドではどんな光景が広がっていたのか。野手陣を追っていく。
紅白戦が行われた11月18日のスケジュール
9時頃からの練習は3分間スピーチから始まる。今秋のキャンプのテーマのひとつが「考える」だけに、3分間で話を組み立てて、きちんと伝えるのが目的か。思考力を高めるのは、野球脳を鍛えるうえでも大事だ。お目当ての村上のスピーチはというと……「電子レンジは宇宙からきた技術。信じるか信じないかはアナタ次第!」と大きな声を張り上げていた……。
ここから猛練習に。「コーチが的確にアドバイスして、すぐに選手が修正。さすがだなぁ」とAさんが感心するなか、ケージでの打撃練習、トスバッティング、遠くに飛ばす練習、バント練習のほか、ソフトボールや柔らかいボールを打つ練習、体幹を意識するためのサンドバッグ叩き、タオルを振るトレーニング、水を入れた筒を振るウエートトレーニングなど、秋季キャンプらしいメニューも織り交ぜながら、休む間もなく選手はひたすら持ち場をグルグルと回り、1日が進んでいく。
さらにちょっとした隙間を塗って、全員がバッティングピッチャーを務める。
「サンドバッグ叩きは、選手によってアントニオ猪木や長州力のテーマなどBGMが変わっていて面白かったです。あと、サンドバッグが壊れてしまって、途中からマットレスを重ねたような『何これ?』というものに様変わりしていました。みんなが一生懸命バットを振っているのが伝わってきましたね」
今季の2位躍進を支えた強力打線の底上げはバッチリだ。そして1日の最後は選ばれし者2人が指名されての猛烈な特守で締められる。
「私が見た1日目が廣岡(大志)君と奥村(展征)君。2日目が村上君と宮本君。3日目が廣岡君と奥村君というコンビでした。へろへろになりながらも最後まで頑張っている姿を見て、ジンときてしまいました。それにみんな、どんなに疲れていても一塁への送球がそれない。さすがだなって」
なお、Aさんが注目する村上はここでも大声で自らを鼓舞。
「村上君は、特守でも『進歩! 進歩!」『ちゃんと(グラブを)立てる!』と自分に言い聞かせるように、大きな声を出していて。来年は期待です!」
またもう1人のお目当て、宮本はバント練習でもAさんの目を惹いた。
「河田(雄祐)コーチが宮本(慎也)さんを引き合いに出して、構え方やバットの引き方を教えていて。その後の紅白戦ではしっかりとバントを決めていたので、練習が生かされているのを実感できました」
また、今キャンプのテーマが「考える」だけに、コーチが一つひとつのプレーに対して「何故?」と問い、選手が自分の意見を答える。走塁練習では、「これでOKです!」と主張している村上が、何かにハッと気づき、一目散にスライディングをし直していたという。
会話が聞こえる、という醍醐味を味わいながら、Aさんは「選手がコーチに対してしっかりと意見を言っているのは、去年と違うところ。去年は言われたことをとにかくこなそうという感じでした。これからチームの状態がよりよくなっていくと信じられました」と満足そうだった。
3分間スピーチ中の村上。ネタは電子レンジは宇宙からきた技術……
特守を終えて倒れ込む村上と宮本
「若手に交じるレギュラーや中堅の存在感にもグッとくる」とAさんは言う。例えば捕手陣では……。
「今年は4人のキャッチャーが参加していたんですけど、中村(悠平)選手はさすがにキャンプ慣れしているのか、疲れた素振りも見せず『さすが選手会長!』といった存在感でした。普段よりもずっとカッコよく見えましたね(笑)」
中村の練習は、ほかの若手選手とことごとく質が違った。「一番、考えて取り組んでいるのが伝わってきたし、本当は歯を食いしばってつらい練習に耐えているんだろうけど、いつもニコニコして他の3人を引っ張っていました」
それは荒木貴裕、上田剛史、西田明央も然り。ついこの前まで若手と思っていた選手が一生懸命にリーダーシップを発揮。先輩としてアドバイスを送る姿にAさんは感慨深げだ。若手は1軍を目指し、中堅はリーダーを目指して成長していく。そんな光景が広がるなか、Aさんに響いたのは「このなかから1人でも多く1軍の試合に出られるように頑張ろう」という石井琢朗コーチのひと言。
「ファームの戸田球場では選手を間近に見られる楽しみもありますが、やっぱり……。この言葉を聞いて『神宮で待ってるよ!』とジンときました」
ヤクルトの若手選手の皆さん。神宮球場で活躍して、ますますAさんの母性本能をくすぐってあげてください!
捕手陣をリードする中村。左は松本
ここからはグラウンド外と、秋季キャンプ遠征の楽しみであるご当地グルメについて聞いてみた。
キャンプといえば、グラウンド外を移動中の選手にサインをお願いするファンの姿が風物詩。ただ、Aさんは厳しい練習に疲労困憊の選手を目の当たりにして「サインをください」とは言いづらいらしい。
そんななかで立ち上がったのは宮本ヘッドコーチ。臨時のサイン会を開いてくれたのだ。Aさんは、新背番号「86」が添えられたサインが入った携帯ケースを嬉しそうに見せてくれたが、使い込みすぎたのか、そのサインは消えかかっていた……。でも、Aさんの胸に刻まれた「86」は消えません!
続いてご当時グルメは? 松山の夜は美味しいお刺身に舌鼓を打つのが恒例だが、もうひとつ、郷土料理屋「じゅん」の「かめそば」もAさんのお楽しみ。「かめそば」は見た目はやきそばながら、なんとも表現できない味がクセになる一品。かつおぶしとちりめんじゃこが乗っている。「じゅん」はおでんも名物。Aさんは豆腐のおでんを初めてここで食べたという。ぜひ松山を訪れた際はご賞味あれ。
今キャンプは神宮観戦をよくともにするお母さんと2人の野球仲間と、総勢4人で訪れたのだが、もちろん夜のお酒の肴はキャンプの感想アレコレ。神宮球場では外野席からの観戦のため、お母さんはなかなか選手の顔と名前が一致していなかったが、キャンプで「ああ、この子があの子ね」と選手を覚えられたことを喜んでいた。
また、みんな「キャッチャーがカッコいい!」と盛り上がったという。
「あらためてキャッチャーは特別なポジションだなと実感して。気持ちの強さが重要だし、気配りも必要。やろうと思ってもできない。やっぱりリーダー感がありますよね。“扇の要”ってこういうことなんだなって思いました」
宮本ヘッドコーチの「86」のサイン
松山のご当地グルメ「かめそば」。何とも言えない味がクセになる
秋季キャンプとは何ぞや。ストレートな質問を最後にぶつけてみた。するとAさんは「みんなの気合」という言葉とともに、まず若手、中堅に混じって汗を流すベテランの存在を挙げた。
「去年は武内(晋一)選手が来ていました。今季限りで引退してしまいましたが、そういう年長の選手が10代のルーキーと一緒に一生懸命に練習していて……。そんなふうに、ベテランの来年にかける思いも感じられる場所なんです」
若手に目が向きがちな秋季キャンプだが、ここでも野球人生の悲喜こもごものドラマが交錯する。今年、先輩としてリーダーシップを発揮した選手も、いろいろな思いを抱えて臨んだことだろう。
「若手を見るのも楽しいし、中堅やベテランも面白い。キャンプでいろいろな選手を見ることで野球への思い、選手への思いを広げることができます。それが私の松山キャンプです」
普段は見られない選手の姿に接することができる秋季キャンプで、自分なりの楽しみ方を見つけてはいかがだろうか。なお、Aさんは春季キャンプも4泊5日で手配済み。開幕前に春季キャンプの様子と、2019年シーズンのヤクルトの展望を聞かせてもらおうと思う。お楽しみに!
取材・文=山本貴政(やまもと・たかまさ) 写真=Aさん