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友人関係も『野球育児』も頼るべきは文明の利器!?(第三十回)

 子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、今どきの高校球児を語ります。


長男の高校野球1カ月目を振り返って


 長男ゆうたろうが高校に入学し、一か月余りが経った。
 新一年生が練習に初めて参加したのが3月25日。早い時は朝5時台に家を出発し、家に帰るのはだいたい夜の9時前。週末の活動が中心だった小、中学時代の野球から一転し、初めての「野球を毎日やる」という生活。自転車、電車を乗り継ぎ、片道1時間20分かけての通学も、徒歩10分強で通えた小、中学時代と比較すれば、ちょっとした小旅行感覚だろう。

 妻も最初のうちは
「突然こんな毎日が始まってあの子、精神的にも肉体的にも疲れがたまってないかなぁ…」
「私、本当に毎日4時台に起きてお弁当作り続けられるんだろうか? 倒れるんちゃうやろか私」

といった心配発言が目立ち、家中に重苦しい空気が漂ったが、最近は「私、毎日早起きしてお弁当作るのが前ほど苦じゃなくなってきた! 人間の適応能力ってすごいね!」といった発言もちらほら。ここへきてようやくこんな毎日が平常運転に感じられるようになりつつある。

「走る量がけっこうえぐい…」
「怖い先輩だらけ」
「こんな毎日が続くんだと思うとぞっとする…」

 思えば最初の1、2週間、ゆうたろうの口からはそんな絶望的なコメントしか聞こえてこなかった。

 上下関係もやはり厳しいらしく、話を聞いていると、「3年神様、2年平民、1年奴隷」というどこか懐かしいフレーズが脳裏に甦ってくる。

「一年生は電車で座るのは厳禁。最後尾の車両で固まるように」
「1年生は学校の食堂利用は禁止」
「1年生はタートルネック禁止」
など、入部してみなければわからない、「野球部だけの暗黙ルール」もいろいろと存在するらしく、「粗相のないようにしなきゃ!」と入念すぎるくらいに神経を配り続けることが、精神的疲労に拍車をかける。

 春休みの間に早くも一人の同期生が退部してしまったこともあり、「わが子も耐えられずに脱落してしまうのでは…」という妻の心配も絶えなかった。

日々の癒しもたらす文明の利器とは?

 そんな、クタクタの日々の中で、ゆうたろうがホッとしたような表情を見せる時間がある。それは家に戻り、晩御飯を食べながら、高校入学祝いとして買い与えたスマートフォンの画面をのぞいているとき。

 聞けば、「LINE」で中学時代のチームメートと毎日のようにその日あったことや思いを報告し合ってるとのこと。元チームメートでグループをつくっているため、画面を眺めているだけで、別々の高校に進んだ元チームメート達の投稿がリアルタイムで画面にどんどん流れてくるらしい。

<今日もありえんくらい走らされた>
<おれも。もうまともに歩かれへん>
<こんな毎日が続くと思うとぞっとする>
<朝がくるのがこわい>
<授業中だけが安らぎ>
<わかる! おれも!>
<うちに◯◯先輩っていう人がいんねんけど、めちゃこわい>
<うちにもっとおそろしい先輩おるで!>
<それはえぐい! じゃあうちはまだましやな!>

 続々とタイムラインに登場するそんなコメントを眺めては、くすっと笑い、「みんな一緒やな。俺だけじゃないんやな。みんなそれぞれの高校で頑張ってるんやな」などと独り言のようにポツリと言う。

 そして、携帯電話禁止の寮に入り、連絡手段が絶たれている元チームメートに思いを馳せたりする。

「あいつら、元気にやってるかな…。こんなLINEとかでいろいろ言い合えたら、しんどいのは自分だけじゃないって思えるから、少しは精神的に楽になるのに…」

 思わず、口を挟んでしまう私。
「しかし、昔はそんな携帯もLINEもなかったし、仲間と夜に近況を言い合うなんて、ありえん世界やで、ほんま…」

 妻も会話に加わる。
「でも、もしも昭和の時代にそんなツールがあったら、『しんどいのは自分だけじゃないんだ!』と思えることで、野球をやめずに踏ん張れた人もけっこういたかもね」
「なるほど、そういう考え方もあるか…」
「せっかくそんな便利なツールがある時代に生まれたのだから、別にいいじゃない。使うことで、辛さが和らぐ文明の利器なら、とことん使えばいいのよ」

 食事中にスマホをいじる姿をみるのは好きではなく、禁止したい思いもあるが、禁止すると、スマホをいじりたいがために、早くご飯を済ませようとするだろう。そうすると、結果的に食べる量が減ってしまいかねない。

 妻と話し合った結果、現状は行儀よりも、ゆっくりとご飯をたくさん食べられる環境づくりを優先しようとなり、不本意ながら、スマホいじりを黙認する日々が続いている。

息子の情報を妻経由で知る日々

「服部さん、男の子ってやつは、お父さんには言わないようなことも、お母さんには言ったりするんよな。やっぱりお母さんのほうが言いやすいんやろうな。だから父と息子の会話って基本的に減る一方やで」

 高校生や大学生の息子を持つ、子育ての先輩たちから、そんな話をよく聞かされた。
 そして実際、今の我が家もいつしかそんな状態になっている。

「高校で今日はどんな練習をしたのか?」
「どんな先輩がいるのか?」
「仲のいい一年生は誰なのか?」
「今日はどんなつらいことがあったのか?」
「指導者はどんな教え方をするのか?」

 長男に聞きたいことは山ほどある。しかし、長男は自分からはそんなことをいちいち報告してくれるわけでもなく、疲れて帰ってきた息子に対して、私の方から根掘り葉掘り聞く気にもなれない。しかし、私のいないところでは、妻にいろいろと話しているらしく、私は妻経由で息子の高校野球情報を知らされているのが現状だ。

「そりゃ私の方が言いやすいと思うよ。だってあなたに野球の愚痴とか言ったら、『なにを情けないこと言ってるんだ!』『男がそんなことでいちいちぐじゃぐじゃいうんじゃない!』『昭和の時代は水も飲めなかったし、もっときつかったんだぞ!』なんて言われると思ってんじゃない? 自分だって、昔、お義父さんにそんないちいち報告してなかったでしょ?」と妻は言う。

 まぁ、たしかに昔の自分を振り返っても、学校のことや、ささいなグチなんかは父に言う気は起きず、基本、母に全部言ってたけどさ…。

頼みの綱はやはり文明の利器!?

「ただまぁ、精神的にも技術的にもあいつのプラスになるような考え方とか、言葉なんかをいろいろと言いたい気持ちもあるわけよ。取材で仕入れたいい情報なんかも、言いたいやん。でも高校生って、自我も当然芽生えてるし、親にいろいろと言われたくない年頃なのも昔の自分を振り返るとわかるんよな」
「うん、たしかにあなたを見ていると、昔に比べると、あの子に言いたいことを抑えてる感じはあるね」
「帰ってきて、疲れてるところ、いきなりいろいろ聞くのもなんだかなぁって思うし、かといって、ご飯食べ終わったら、すぐに寝てしまうやろ?」
「うんうん、たしかに」
「コーチと選手の関係だった小学生時代は、チームのミーティングを通じて、あいつにいろんなことを伝えることもできたし、中学生時代は週末のみの野球だったから、たまに平日、『公園でピッチングでもするか?』『バッティングセンターでもいくか?』と誘い出して、いろんなことを結果的に伝えることもできた。でも高校に入って、こんなに朝から晩まで野球漬けになってると、そんな手も使えへん。『キャッチボールしようか』なんて言っても絶対に『無理!』っていうやろうし、こっちも言う気おこらへん。でも、今のあいつにタイムリーに伝えたいってことはたくさんある。思うように伝えられないストレスが今、たまらんわ」

 すると妻が言った。

「昔、松井秀喜のお父さんが息子に伝えたいことがあったら、ファックスにしたためて、送っているっていうエピソードなかった?」
「おー、あったなぁ!」

 「秀さんへ」という書き出しで始まる父から息子への手紙代わりのファックス。月日とともにその枚数は178通に達したという特集を昔テレビで妻と一緒に見た記憶がある。

「あのやり方をまねすればいいのよ。形に残るし、直接言うよりも効くんじゃないかしら」
「ファックスをか? 一緒に住んでるのに、自分の家に『祐さんへ』ってコンビニから送るのか?」

 すると妻は得意げな表情でこう言った。

「何言ってんのよ。今はメールがあるじゃないのよ」
「あ、なるほど、そういうことか!」
「返事は求めずに一方的に送ればいいじゃない。きっと心に響いたら、保存して、『父』フォルダーかなんか作って、その中にためていくんじゃないかしら。気が付いたら178通になってて、書籍化、みたいな」
「そんなわけあるかいな! 『うざいな、おとん…また送ってきよったで』となって、即削除される可能性の方が高いような気がするで、おれは」
「たしかに…」

 妻とそんなやりとりをしてからはや半月経つが、未だ1通も送れず。松井親子作戦を実行する日ははたしてやってくるのでしょうか…?




文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。

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