「現役復帰目指します」
そんな動画タイトルでアップされたYouTubeがまたたく間に再生回数50万を突破した。動画の主は、元中日ドラゴンズのレジェンド、川上憲伸だ。4月末に開設した『カットボールチャンネル』で本気のブルペン投球姿を披露すると、上原浩治(元レッドソックスほか)や新庄剛志(元メッツほか)ら球界レジェンドも反応を示すなど大きな話題となっている。
チャンネル解説から約3カ月。ここまでの手応えとこれからの展望。そしてコロナ禍で揺れる今の球界に思うことを聞いた。
解説者やプロ野球OBがYouTuberとなるのがもはや当たり前になったなかでも、YouTuber・川上憲伸は異質といっていい。『カットボールチャンネル』という自身の決め球を冠したチャンネル名がまず目を引くが、掲載動画も「憲伸モノマネ解説」など、自ら体をはってプレー解説する企画が人気を博している。過去の思い出話が中心になりがちな他の解説者YouTuberとは一線を画す所以だ。
実際にブルペンで全力投球にチャレンジするなど、その軽快な動きからは「現役復帰目指します」宣言がまんざらリップサービスだけではない、という印象すら受ける。そして、軽快な動き以上に滑らかなのか随所に見せるエピソードトークだ。
「僕は一般的に『あまりしゃべらなそう』『怖そう』というイメージがあったみたいなんです。でも、僕のことをよく知っている人からは『いつもの憲伸が出てるね』と言ってもらっています。現役時代も、グラウンドを離れればいろんなことを考え、なんでも果敢に挑戦してきた、という生き方だったのが『カットボールチャンネル』を通して少しずつ伝わっているのかな、という手応えは感じています」
その、“なんでも果敢に挑戦する”憲伸スタイルが発揮されたのが野球ゲーム『パワプロ(実況パワフルプロ野球)』企画だ。「第2のプロ人生 舞台はパワプロ!?」「ノーノ―男がeスポーツ界に殴り込み」と掲げてパワプロをプレー。21世紀最初のノーヒッターである川上憲伸(2002年8月1日、対巨人戦で達成)が「パワプロでノーノーするまで帰れません」という挑戦動画に挑む姿は新鮮だ。
「パワプロって、僕が大学1年のときに初代が発売されたんです。僕はその初代からやり込んでますから、年季が違います。明治大学野球部時代は『憲伸はグラウンドにいるか、寮でパワプロをやってるかのどっちか』と言われていたくらいで、後輩たちにもパワプロでは常にボコボコにして先輩の威厳を示していましたね(笑)。
それと、中日への入団が決まってからプロのマウンドに立つまでは、自分一人で対策を練らなきゃいけないわけです。僕の場合はパワプロで、『松井(秀喜)さん、やっぱり甘い球逃さないなぁ』とか、『新庄(剛志)さんインコース打つなぁ』とシミュレーションできたのは本当に助かりました」
そのシミュレーションの成果か、プロ1年目に14勝6敗の好成績を残し、高橋由伸(元巨人)らルーキー大当たりの年に見事、新人王を獲得。その後もパワプロは最新作が出るたびにやりこみ、メジャー挑戦時もソフトをアメリカに持って行って楽しんだという。
「プロ入りしてから驚いたのが『パワプロ』のデータの精度。僕、生涯でたった一度だけナックルボールを投げたことがあるんです。阪神の金本(知憲)さん相手にどう攻めればいいか、悩んだ挙句のナックルだったんです。
でも、金本さんに通じる通じない以前に、18.44メートルどころか15.44メートルくらいのところでワンバウンド。こりゃダメだとそのまま封印したんですが、その後に出た『パワプロ』の裏モードで、ナックルが投げられるようになっていたんです! よくナックルのこと知ってたなぁと『パワプロ』の研究熱心さには驚いたし、今回、そんな思い入れのあるゲームを『カットボールチャンネル』で楽しめる、っていうのが嬉しいですよね」
カットボールチャンネルでの人気企画の一つが「憲伸モノマネ解説」。これまでに、菅野智之(巨人)、佐々木朗希(ロッテ)、山本由伸(オリックス)、大野雄大(中日)、ダルビッシュ有(カブス)のモノマネ解説を披露。また、別動画では井端弘和(元中日ほか)のスイング、広島のレジェンド・前田智徳との対談では現役時代の前田が打席に入るまでのルーティンもモノマネ。SNSでの反応は「特徴とらえすぎ!」「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権に出て欲しい」と好意的な反応が目立つ。
「正直言うと、僕のはモノマネじゃないですよ(笑)。あくまでも選手たちのフォームの特徴を表現しているだけ。どうやったらあの変化になるんだ? このヒジの使い方、手首はこう立てないと投げられないな……という逆算での発想です。そういう観察・分析は現役時代からずっと頭のなかではやっていたことなので、それを実際に体で表現してみたのがあの『モノマネ解説』と名付けられた動画なんです。
だから、観察という意味では、ピッチャーよりもバッターの方をよく見てますね。相手バッターが打席に入る際、ネクストでのスイング練習ではどの球をイメージしているのかな、とか。でも、実際にモノマネを練習したことはないから、結構プレッシャーです(笑)。あの動画だって、当日いきなり言われたドッキリ企画みたいなものだから、次はもっと準備してやりたいですね」
今はその観察眼で野球解説者として活躍中。コロナ渦で揺れる今シーズン、解説者・川上憲伸の目にはどのように映っているのだろうか?
「5000人前後のお客さんの場合、ノリで騒ぎたいだけ、というよりも野球がシンプルに評価されているのを感じますね。ワイワイ騒ぐのももちろん大事な楽しみ方ですが、今はため息だったり、3ボール2ストライクのときの『おぉぉぉ』という声がしっかり選手にも届いているのがすごいことだと思うんです。
声が出せないなか、この1球が大事だよ、というシーンでメガホンを叩く音や拍手がだんだん大きくなったり、間が早くなっていく反応は新鮮でいいですね。ため息と拍手で、こんなにも鳥肌が立つんだ! と僕も解説しながらビックリしています。大相撲的な楽しみ方なのかもしれないですよね」
プロ野球も少しずつ元気を取り戻すなか、もうひとつ気になるのは、甲子園大会がなくなり、活躍の場を失われた高校球児たちだ。前代未聞の夏を迎えた球児たちへもメッセージをもらった。
「僕が逆の立場だったら耐えられたのかな? と考えさせられます。大人たちは『この経験を将来に生かそう』と言いがちですけど、そんな言葉で済ましていいのか。僕もずっと考えています。そのなかでも甲子園交流試合が決まったり、各地域で大会が開催されたことは本当にホッとしました。ほんの始まりでしかないですけど、それだけでも大切な一歩だと思うんです。
とくに3年生にとっては視線を感じながらプレーできる機会を得られたことは大きい。プロ野球のスカウトはともかく、地方大学や社会人野球にとって、選手を見定めることができる貴重な場になっているはず。僕自身、徳島商での最後の夏の大会がなければ、大学進学も、その後のプロ入りもなかった可能性はあります。どんな場が将来につながるかわからない、という“見られている意識”をもって、一つひとつのプレーに夢中になってほしいと思います」
カットボールチャンネルでは、YouTube初出演として注目を集めた前田智徳との対談に続いて、さらなるコラボ企画を準備中とのこと。野球界に新たな楽しみを提供してくれる川上憲伸の挑戦にますます注目したい。
川上憲伸カットボールチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCFUAjeyVai7kXP2b3or7fFg?view_as=subscriber
取材・文=オグマナオト