第2回「大谷翔平・ドラフト問題を振り返る」(2)
野球界の「旬」なニュースをクローズアップして解説する「クローズアップ得点圏内」のコーナー。週刊野球太郎では異色の社会派チャンネルですが、先週に引き続き、花巻東高校・大谷翔平君の日本ハム入団について鋭く切り込んでいきます。前週はその「心変わり」するまでの経緯を時系列的に振り返りましたが、今週は大谷君を翻意させ、口説き落としたプレゼンテーション資料について解説します。
■プレゼンテーションとは
プレゼンテーションと聞いて読者の皆さんは何を想像するだろうか。辞書には「聴衆に対して情報を提示し、理解・納得を得る行為」「プレゼンと略されることもある」と書いてあるが、そんなに難しく考える必要はない。
例えば気になる女性に出会って「もっと自分を知ってもらいたい」「彼女を必ず振り向かせたい」という理解を得るためにはどうしたらよいのかを考え、自分という情報を提示して納得してもらう、という行為も立派なプレゼンテーションといえる。
事実、日本ハムは最高のプレゼンをして、恋人・大谷翔平君を口説き落とした。その「決め手」となったプレゼン資料は12月13日に日本ハムの公式HPにて公開され、直後からアクセスが殺到してサイトに繋がりにくくなったという。大谷君が翻意した「決め手」がどんなプレゼン資料だったのか、野球ファンのみならず世間の注目を大いに集めていたようだ。
■プレゼンの極意とは
書店に行けば、プレゼン資料制作についてのノウハウ本が山のように置いてあるが、基本中の基本は「伝えたいことをテーマに沿って相手に分かりやすく伝える」ということに集約できる。相手に納得してもらうために具体的な数値や実例を挙げ、それを整理して伝え、一貫したキーワード(テーマ)で印象を与える…といったやり方がプレゼンの王道といえるだろう。
そういう点では、A4用紙25枚(別紙5枚)に及ぶ
資料「大谷翔平君 夢への道しるべ〜日本スポーツにおける若年期海外進出の考察〜」は、高校生にも分かりやすい、基本に忠実なプレゼン資料ではないだろうか。以下、資料の核となる4つの章を振り返ってみたい。
■理論整然とした4つの章
【1】大谷君の夢の確認
いわゆる「つかみ」の部分の冒頭では、大谷君本人の「夢」の確認からスタート。「高卒でプロ野球を経験せずにMLBで成功する」という誰も成し得なかった、つまりパイオニアになることが貴方の夢ですね、と再確認しているが、同時にMLBのトップ選手になるまでの「道のり」についても解説している。
例えばMLBの場合、トップ選手になるまでのシステムは、700人近い球団保有選手の中から少人数に絞っていく「淘汰するやり方」であり、NPBでトップ選手になるには、70人以内の支配下選手中から「引き上げるやり方」であると解説。夢を語りながら同時に、現実をハッキリ認識させている。
【2】日本野球と韓国野球、メジャー挑戦の実態
次にNPBとその規模感が似ている韓国野球界(KBO)を引き合いに出して説明。韓国の高卒選手がMLBに挑戦して、どういった結果になったかを具体的に数値を交えて解説しているが、興味深いのはそういった例、つまり高卒でMLBに挑戦することは日本国内では「初」だが、KBOなどのアジア全体から見れば決して「初」ではない、という点。これは大谷君の海外志向に歯止めをかけるポイントになったのではないかと推測できる。
【3】日本スポーツにおける競技別海外進出傾向
そして「起承転結」の「転」の部分にあたる3つ目の章では、野球以外のスポーツで海外挑戦している現状を競技別に解説。トップレベルの実力を持つ選手でも日本に拠点を置く傾向が強い競技(A)、トップ選手だからこそ若くして海外に活躍の場を求める競技(B)、レベルアップしてから海外に進出する傾向が強い競技(C)の3パターンに分けて説明している。Aは柔道やレスリング、体操などを指し、Bは卓球やスキー、スノーボードなどで、Cはいわずもがな野球、サッカーなど。この部分は読者の皆さんも実際に資料を読んで考えてみて欲しい。それぞれの競技の特性や国内外のレベル等を考慮すると、その理由が分かるのではないだろうか。
【4】世界で戦うための日本人選手の手法
最後はどうやったら世界に通用する選手になることができるか、を他競技の実例を揚げて紹介。例えばサッカーは若い選手が海外に進出するケースが増えている一方で、長くは活躍できずに日本に戻ってくるケースも増えている点を指摘している。確かにそういった例は多く、特に身体能力差の影響が大きい野球やサッカーは国内で確実にレベルアップして、日本流のスタイル(Japan's Way)で世界と勝負するやり方で成功している例が多いと説明している。
さらにまとめとして「早期渡米とMLBでの長期活躍は現時点では結びつきが確認できず、むしろNPBで実績を上げることで『野球技術の確率』や『人としての自立』を身につけることが『MLBで即戦力』『長期活躍』の可能性を高めている」と結んでいる。
■テーマはズバリ「夢」
そして一貫したキーワード(テーマ)は「夢」である。各章に渡って数値や実例を基に事実を述べているが、大谷君本人の海外挑戦を否定している部分は一遍も無い。冒頭で本人の「夢」を確認し、ではそれに向けてどうしたら良いかを「一緒に考えてゆこう」といったスタンスでこの資料は構成されている。これは大谷君本人にとっては心強いだろうし、御両親にとっても安心できる資料だったはずだ。
また、社運を賭けた大一番のプレゼンにもかかわらず、大手広告代理店に依頼してビジュアル的にもカッコいい資料作りをする選択肢もあっただろうが、1枚の写真も使わず、パワーポイントで制作した資料は質素ながら逆に好感が持てたのでは、と推測できる。
■歴史的なプレゼン資料
前週から2週に渡って取り上げた大谷君のドラフト問題。読者の皆さんも色々と思うところはあるだろう。実際に数人のプロ野球ファンの知り合いに意見を聞いたところ、その反応は様々だった。「日ハムスカウト陣の勝利だ」「大谷君は最初に言ったことは貫き通して欲しかった」「経緯はどうでもよい。日本で大谷君を見ることができるのが嬉しい」「どこぞの監督が文句を言っていたが、そりゃあスジ違いでしょう」など、それぞれの目線から多種多様な意見を聞いた。
確かにMLBが欲しがるような、才能ある日本の高校球児が出てくるケースは今後も予想できる。そうなると指名される選手の意思が尊重されない現行のドラフト制度そのものを見直さないといけない…といった問題提起も出てくるだろう。
しかしながら、個人的にはそういった問題提起云々よりも、このプレゼン資料こそが最大の収穫であり今後の希望の光だと思うのだ。
今までのドラフトで、入団までの経緯についてこれほど事細かく発表してくれた球団はあっただろうか。またここまで詳細に、NPBや他競技の若手選手の海外進出について、その受け入れるシステムや現状などを数値化して公表した資料があっただろうか。ドラフト指名から交渉まで、こうした資料を含めた情報開示の積み重ねが、指名される選手と指名する球団にとってお互いクリーンな交渉を進めるきっかけになるはずだ。来年以降のドラフト候補生達がこの資料を読み、何を思うのか。日本ハム以外の球団はどう動くのか…。そういう意味で今回のプレゼン資料は、ドラフト史上における歴史的な資料といえるのではないだろうか。
指名から入団までを包み隠さず情報開示する「透明化したドラフト」こそが、ファンにとって魅力的なプロ野球であり、それがプロアマ問わず球界全体に良い波及効果を生み出すことを期待せずにはいられない。
※次回更新は1月7日(月)になります。
文=鈴木雷人(すずき・らいと)/会社勤めの傍ら、大好きな野球を中心とした雑食系物書きとして活動中。自他共に認める「太鼓持ちライター」であり、千葉ロッテファン。日本ハムファンではないが、今回の資料は他球団も見習うべきところが多いにあるぞ、と痛感した。
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