「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
もし相手の投げる球種を判別できるのならば、難しい決め球をムリに打ち崩そうとはせず、簡単なボールをいかに効率よく打ち返すかを考えたほうがいい。
《寸評》
決め球の狙い打ちは、投手攻略の近道。しかし、捉えにくく打ちづらいからこそ、決め球たり得るわけで、たとえクセがわかったとしても、チーム一丸となって打つのは至難のワザ。むしろ逆転の発想をし、決め球を捨ててしまったほうが全体の打撃力は上がる。
《作品》
『やったろうじゃん!!』(原秀則/小学館)第6巻より
《解説》
夏の甲子園予選四回戦。朝霧高は、境工高の軟投派エース・所をなかなか打ち崩せずにいた。
不意打ちのホームスチールで1点を先制された直後の六回裏。喜多条監督は、所のフォームに関するクセをナインに伝える。決め球である「落ちる球」を投げるとき、「左手の上げ方」が「立ってる」というものだった。「クセさえわかりゃ こっちのもんだ!」と盛り上がる選手たち。ここぞとばかりに決め球を狙いに行くが、同じような凡打を繰り返してしまう。喜多条は心の中で呟く。
「わかってないなあ…… こいつら野球頭ないのかなあ……」
間違いに気付いたのは、キャプテンの加納建太郎だった。
「バカだった……何もワザワザあの球 狙うことねーじゃねーか! 他の球に狙いをしぼればよかったんじゃねーかよ!」
逆襲を図る朝霧高。ところが所は、敏感に異変を察知し、「落ちる球」の連投に切り換えてしまう。
★球言2
《意味》
1秒でも長く攻撃を続けるためには、つなぐ野球に徹し、細心のバッティングを心がけることが必要。時間を稼ぐことは、攻撃の糸口を見つけやすくする。
《寸評》
ホームランよりも連打。タイムリーよりも押し出し。初球ヒットよりも振り逃げ。時間をかける攻撃は、もれなく守備側を疲弊させる。1点でも多くから、1秒でも長くへ。考え方を変化させることにより、チームの攻撃パターンにもバリエーションが生まれる。
《作品》
『野球狂の詩 平成編』(水島新司/講談社)第2巻より
《解説》
1999年、開幕戦の先発投手・青田心太郎が渋滞で遅刻するという、緊急事態に見舞われた東京メッツ。監督の岩田鉄五郎は、初回の攻撃を長引かせるために「できるだけ粘れ!! 粘って心太郎到着の時間を稼ぐんじゃ」と選手たちに指示を出す。
いつもなら手を出すボールを見極め、ファールで球数を稼ぐメッツ打線。クリーンナップまでも、右打ちやセーフティバントなどで、つなぐ野球に専念する。
対戦相手である読売ジャイアンツの監督・長嶋茂雄は、この攻撃を「今までにないニューメッツ」と表現。時間稼ぎをすることで、先発の桑田真澄が追い詰められているとすれば、「そこからメッツは攻めのヒントを得ていくはずだ」と予想した。
「時間稼ぎがもたらすニューメッツか・・・・」
隣で聞いていた打撃コーチの原辰徳は、その言葉を噛み締めるのだった。
★球言3
《意味》
一見、手堅いように思える守備固めだが、投手にとっては高まった集中力を切らす不安要素でもあり、試合全体の流れを変えるターニングポイントにもなりやすい。
《寸評》
野手が交代するまでの微妙な間と、守備が堅固になったという中途半端な安心感。緊迫した展開であればあるほど、守備固めが投手の精神面に与える影響は大きい。せっかく守備を補強したのに、ムダな四球を出すのは避けたいという心理も働くため、甘いボールも投げやすい。
《作品》
『プレイボール』(ちばあきお/集英社)第14巻より
《解説》
夏の高校野球、東京都予選大会。準々決勝で強豪・聖陵高と対戦した墨谷高は、終盤まで5対0とリードを許す。
反撃に転じたい八回裏。二死走者なしの場面で、守備側の聖陵高が動く。一塁手、左翼手、右翼手を一気に交代させ、守備固めに入ったのだ。
墨谷高のキャプテン・谷口タカオは、相手が逃げに回ったと察知。ツキを呼び込むチャンスだと、ベンチでガッツポーズを見せる。次打者はトップバッターの山本。守備が交代する間、谷口は山本へ声をかける。
「たのみますよ山本さん ピッチャーってやつは 守備を補強したりすると とかく今までの緊張がとけるもんでしてね」
谷口の言葉通り、山本への投球は甘いコースへ。強い打球をレフトへ弾き返した山本は、「オレだって どまん中にくりゃ はずしやしねえさ」と言い放つ。続く二番、三番も出塁した墨谷高は、二死満塁の場面で谷口を打席に送った。
文=ツクイヨシヒサ/野球マンガ評論家。1975年生まれ。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。