今でこそ生え抜き選手のような存在感を醸す赤松だが、実は2008年に阪神から移籍してきた外様選手。しかも、FAで阪神へ移籍した新井貴浩の人的保障としての広島にやってきたことを知らない若いファンもいることだろう。
赤松が外様選手ながら絶大な人気を得たきっかけは、衝撃の「広島デビュー」にあった。
2008年4月29日。この日、赤松は広島移籍以来2試合目の「1番・中堅」でスタメン出場。1打席目で巨人の先発・グライシンガーから、プロ初本塁打となる初回先頭打者本塁打を放ったのだ。
阪神時代から球界最高クラスの足と守備には定評があったが、いきなりの先頭打者本塁打は予想外。守備と足だけでなく、長打力もあることを満天下に見せつけた。
さらに、その翌日の巨人戦でも左腕の高橋尚成から、2試合連続の先頭打者本塁打。「初本塁打から2試合連続の先頭打者本塁打」はNPB史上初の離れ業だった。5月1日も先頭打者本塁打とはならなかったものの、本塁打をかっ飛ばし「巨人戦・3戦連続本塁打」という衝撃のデビューを飾ったのである。
この3本塁打は、新井流出のショックで途方に暮れていた広島ファンの心を浄化するには有り余るものだった。
新井よりも若く、走れて守れる「ホームランバッター」がやってきたとファンは大騒ぎ。赤松は救世主のように迎えられ、人気が爆発したのだった。
結果としてこのシーズンは打率.257、7本塁打、24打点と突出した数字はなかったが、ディフェンス面でもしっかりチームに貢献。チームになくてはならない存在となった。
なお、昨シーズンの優勝時、新井を胴上げせんと、新井を輪の中心に導いたのはほかならぬ赤松だった。この数奇な巡り合わせに感じ入ったファンは多かったのではないだろうか。
2011年以降は、勝負所での代走、守備固めの切り札としての出場がメインとなった赤松だが、2016年には珍しい形で走者を本塁に迎え入れる一打を放った。
6月14日の西武戦、同点で迎えた9回裏2死一、二塁。一打サヨナラの場面で、途中出場の赤松が打席に入る。このチャンスで中前にヒットを放つと、二塁走者の菊池涼介が果敢に本塁突入。クロスプレーとなり、一度はアウトの判定が下されたものの、緒方孝市監督が抗議。ビデオ検証となった。
ビデオ検証の結果、コリジョンルールが適用されて判定が覆り、菊池はセーフに。史上初めてコリジョンルールによるサヨナラが成立したのだった。
サヨナラ決定の瞬間、赤松は満面の笑みでベンチを飛び出し、人差し指を天に突き上げながら疾走。その姿は、優勝を象徴する名シーンの1つとして、ファンの心に強く刻まれている。
そして、この勝利から広島は11連勝を記録。優勝へのターニングポイントともなった勝利でもあった。
長年、プロ野球を見ている目の肥えたファンの方に「史上最高のファインプレーは?」と問いかけたら、赤松のスーパーキャッチを挙げる方が多いのではないだろうか。筆者は迷わず、そう答える。
そのスーパーキャッチとは、2010年8月4日の横浜(現DeNA)戦で見せたホームランキャッチだ。
横浜の4番・村田修一が左中間への大飛球を放った瞬間、誰もがホームランを確信した。しかし、赤松は凄まじいスピードで、フェンスを駆け上りホームランの飛球をキャッチ。まるでマンガのようなビッグプレーだった。
このスーパープレーは、海を渡ってアメリカでも報道され、スポーツチャンネルのESPNでは、全世界のスポーツのなかから選ぶ「その週の最高のプレー・ベスト10」の1位として 紹介された。
海外のメディアに「日本の野球史上、もっとも衝撃的なキャッチだ」と言わしめたこのビッグプレーこそ、赤松の代名詞として語り継がれることだろう。
とはいえ、このようなビッグプレーも赤松の持ち味だが、その真骨頂は群を抜く確実性にある。
広島移籍3年目の2010年からの赤松の守備率は10割。なんと2010年から一度もエラーをしていないのだ。華のあるファインプレーの陰にある確実性こそ、長らく守備と走塁の切り札としてチームを支えてきた実力の証。守備率10割は赤松のすごさを物語る偉大な記録なのだ。
現在、赤松は胃ガンの手術からの復帰という前例のない闘いと向き合っている。その道は果てしなく険しいが、グラウンドに姿を見せた赤松の目線は1軍復帰を見据えていた。
広島の首脳陣も、選手も、ファンも、赤松が再び躍動する姿を待ちわびている。心より復活を信じている。がんばれ赤松。また華麗なプレーで球場を沸かせてくれ。
文=井上智博(いのうえ・ともひろ)