2008年、春のセンバツ3回戦、智辯和歌山(和歌山)と宇治山田商(三重)の試合でブームは幕を開けた。
8回裏、宇治山田商の攻撃、1対1の同点で2死三塁。智辯和歌山にとって失点が許されない大ピンチ。
ここで智辯和歌山の捕手・森本祥太はマウンドへ向かう。投手を励まし、間を取る“よくあるシーン”だと思いきや、森本はなんと投手・林考至の頬にいきなりキスをしたのだ!
林は苦笑いを浮かべながら頬をユニホームで拭ったが、そのピンチを三振で切り抜け、延長11回まで無失点で抑える好投を見せた。
この突然のキスは、緊張しがちな林をリラックスさせるために森本が仕掛けたサプライズで、「おまじない」「魔法のキス」としてメディアに大きく取り上げられ、反響を呼んだ。
高野連からは即刻注意が与えられたが、これを境に「大衆の面前でキスをしてもいい」という謎の雰囲気が生まれ、イタズラ心に火がついた高校球児の間で“魔法のキス”は爆発的に流行したのだった。
しばらく続いたこの謎のブームを調べていると、なんと現在、プロ野球選手になった数人が、魔法のキスを行っていたことが判明した。
2009年のセンバツ決勝戦でテレビカメラにとらえられたのは、清峰(長崎)のエース・今村猛(現広島)だ。花巻東(岩手)との大一番の試合前、整列のほんの直前、背番号18のムードメーカー・岩田翔平が今村の肩を抱き寄せ、ほっぺに二度キスをしたのである。
今村はかなり抵抗。受動的な魔法のキスだったが、試合は1対0の完封勝ち。おまじないが実を結んだともいえるだろう。
しかし、その試合で惜しくも敗れた菊池雄星(現西武)は能動的キスの経験ありだ。今村のキスパワーを前に敗れた3カ月後、岩手大会を制し、春夏連続甲子園出場を決めた際に菊池は勢い余って、チームメートの横倉怜武に熱い接吻。頬が主流だったブームの上を行き、「マウスtoマウス」の離れ業をやってのけた。
また、駿太(現オリックス)も前橋商(群馬)時代には、キス魔だったことで知られている。3年時の2010年夏、自身2度目の甲子園出場を決めた際にはチームメートの笠原大良を抱きしめ、どさくさに紛れてほっぺにキス。テレビの取材を通じて笠原から苦情が寄せられると、「みせびらかしたい、俺と大良はできてんだぞってところを」と堂々と開き直った。
ここ数年はめっきり見なくなった高校球児の禁断のキスシーン。今となれば、あれは一体なんだったのか。はなはだ謎めいたムーブメントだった。
文=落合初春(おちあい・もとはる)