この原稿を書いている6月上旬は、社会人野球の東海地区予選が真っ盛りだ。高木勇人が昨年まで所属していた三菱重工名古屋は、6月6日の試合を終えた時点で本大会出場権を獲得できておらず、予選敗退のおそれも出てきた。三菱重工名古屋のある選手に、こんなことを聞いてみた。高木がプロで活躍していることで、チーム内に盛り上がりが生まれたかどうか、と。それに対して答えは「あまりないですね。それよりも、高木と中根さん(慎一郎/昨年限りで退部)がいなくなったので、投手陣が大変で……」と、むしろ高木の抜けた穴の大きさを嘆いていた。
昨年の都市対抗予選で高木は大仕事をやってのけた。残された最後の代表枠を懸けての決定戦で、ヤマハを完封。140キロ台後半のストレートで押し、勝負どころではスライダーをコースへ決めて三振を奪った。投げっぷりがよく気合十分の見事なピッチング。大事な試合でも勝ったことにより、スカウトの間でも「高木をプロで」との空気が一層強くなった。
しかし、それまでは、あまり高木が大活躍したという印象がない。というのも、三菱重工名古屋の先発はベテラン左腕の中根慎一郎と、過去に中日でプレーしていた菊地正法、さらにアンダースローの水野鉄男が担っていたからだ。
前述した昨年の完封劇も、最後の最後で大会初先発を務めたもので、普段は主にリリーフ役。150キロ投げるというのは有名だったが、役割的には地味だった。しかも菊地などは、ほとんど一人で投げ抜いてしまうから、高木に出番はなし。高木を見に来たスカウトも“空振り”になり、その日は高木を見られずじまいで帰る羽目になるから、「菊地がいらんことをして……」という冗談も聞かれたものだ。
また昨年、東海地区社会人野球ではシーズン開始後、しばらくは守屋功輝(Honda鈴鹿〜阪神4位)のほうが高木より評価が高かった。年齢が高い高木は、投手不足の球団が急場しのぎに獲得する程度では、という見方もあったほどだ。
日に日に評価を上げ、ドラフト間際に上位候補まで浮上したわけだが、それでもプロでは中継ぎ起用が想像される程度で、ここまでの大活躍は誰も予想できなかった。
150キロの球をもっていても、リリーフでいくらか投げるだけにとどまり、試合を決定づけるプレーが頻繁にあるわけではなかったから、筆者もあまり高木と直接話す機会がなかった。しかし、一度だけ5年前に、試合を終えた直後の高木をつかまえ、簡単に話を聞いたことがある。2010年春のことで、東北福祉大とのオープン戦の試合後だ。
この年は、高木が三菱重工名古屋に所属して3年目。高校から社会人野球入りした高木にとって、高校3年時を最初のドラフト対象年とするなら、この年は2度目のドラフトイヤーだった。