「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
ストライクゾーンは、四角い平面ではなく、ホームベース上に浮かんだ立方体である。ボールの角度によっては、ホームベースの後ろ側だけをかすめていくストライクを投げることも可能。
《寸評》
ストライクゾーンの規定は「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平ラインを上限とし、ひざ頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間(※17)」。元・西武ライオンズの東尾修は、実際にホームベースの後ろ側にある角を狙って変化球を投げていたと言われている。
※17・『公認野球規則』(ベースボール・マガジン社)より
《作品》
『ダイヤのA』(寺嶋裕二/講談社)第28巻より
《解説》
西東京の名門・青道高は、東京都の秋季大会の1回戦で、東東京の常勝軍団・帝東高と戦うことが決まる。
帝東高の一年生エース・向井太陽を攻略すべく、打撃練習に勤しむ青道高ナイン。しかし、帝東高の練習グラウンドでは、その向井が抜群のコントロールにさらなる磨きをかけていた。
強肩強打を誇る帝東高の正捕手・乾憲剛は、向井のボールを受けながら、彼と出会った頃のことを思い出す。
「奥スミ(※18)・・・・この言葉を聞いたのは半年前」
入部したての向井は、ストライクゾーンを9分割では「足りないですよ」と言い放った。
「・・いや・・だって 紙に書いた的に投げるわけじゃないんですよ!? ストライクゾーンには 奥行き(※19)があるじゃないっスか」
二次元ではなく、三次元で9分割のストライクゾーンを捉える能力。向井の次元の違うピッチングに、乾は雷に打たれるほどの衝撃を受けたのだった。
※18・作中では「奥スミ」に傍点。
※19・作中では「奥行き」に傍点。
★球言2
《意味》
インフィールドフライは宣告された時点で打者がアウトになるが、ボールはインプレイであるため、走者は離塁しても進塁してもいい。ただし、フライを捕球された場合は、帰塁の義務が生じる。
《寸評》
タッチアップもできるし、ディレードスチールもできる。守備側は、うっかりタイムもかけずに、ボール交換など要求しないように。ちなみに、インフィールドフライを宣告されたボールでも、野手が触れずにファウルグラウンドまで転がっていった場合は、ファウルとなる。
《作品》
『大甲子園』(水島新司/秋田書店)第7巻より
《解説》
王者・明訓高と夏の甲子園初戦で戦うのは、犬飼三兄弟の末弟・知三郎が率いる室戸学習塾。五回裏、その室戸学習塾が一死一、二塁のチャンスをつかむ。
七番・北里への2球目。ヒット・エンド・ランを仕掛ける室戸学習塾。ところが、北里は内野フライを打ち上げてしまう。審判は「インフィールド・フライ」を宣告。ヒット・エンド・ラン崩れのダブルプレーかと思った、その瞬間……。明訓高の三塁手・岩鬼正美が、まさかまさかの落球。
「おどろくなって インフィールド・フライを宣告されたところで バッターはアウトやで」
余裕の大笑いをする岩鬼だったが、プレイは続行。三塁の塁審・山田が解説する。
「インフィールドのせんこくの時点で 打者は落球の関係なくアウト でもランナーは進塁できるんや」
ただし捕球された場合は、二塁へ送球される前に帰塁できなければアウト。岩鬼の軽率なボーンヘッドだった。
★球言3
《意味》
投手は調子がいいとき、三振に意識が向かう。つまり、ツーストライクを取ったあとのボールに気合いを入れようとする。自然、初球に対する比重が軽くなり、コースが甘くなりがちである。
《寸評》
「球が走っているときほどポカをやる」というのは、野球のお決まりパターン。特に下位打線やつなぎの打者には、あまり深く考えずに甘い球が来たりする。投手の調子がいいときは、じっくりと攻めるのがセオリーだが、思い切って初球を狙うことで突破口が開けることもある。
《作品》
『もっと野球しようぜ!』(いわざわ正泰/秋田書店)第5巻より
《解説》
神奈川県代表として、夏の甲子園に姿を現した市立鷹津高。初戦で宮崎県代表の西人ノ森高を3対2で降し、順調に二回戦へ駒を進める。
次の相手は、大阪府代表の大阪鳳院高。本格派右腕・虎襲亮太と、プロ注目の好打者・髭水龍が、チームを牽引する。
5対3と大阪鳳院リードの八回表。一死走者なしの場面で、一番でキャプテンの緑川守に打席が回る。天性の素質を持つ小鳥遊天にその座を譲ったものの、彼は長い間、正捕手を務めていた。その経験を生かし、「期待に応えるのは今しかない」と自らを鼓舞する緑川。驚異的なノビを持つ虎襲の決め球、「虎球投在・昇」を打ち崩すべく、「初球!!」に狙いを絞る。
「調子のいい時のピッチャーは初球が一番甘い!!」
緑川が弾き返した打球は、レフトへ一直線……かと思われたが、大阪鳳院の遊撃手・江坂我狼が逆シングルでダイビングキャッチ。市立鷹津高は、流れを引き寄せる機会を逸してしまう。
文=ツクイヨシヒサ
野球マンガ評論家。1975年生まれ。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。