投手の基本はストレート。だが、それだけでは通用しないのがプロの世界だ。ストレートと「変化球」。ここでは、変化球の各球種で第一人者とも言える名投手をピックアップしてみたい。
起源は諸説あるが、1910年代あたりからアメリカのメジャーリーグで投げられるようになったというフォークボール。それが日本に伝わり、最初にプロの試合で投げたのが杉下茂だ。
1925(大正14)年生まれの杉下は、帝京商(現・帝京大高)、からいすゞ自動車、明治大を経て中日入り。
フォークボールとの出合いは学生時代。当時の恩師に「指が長いから」という理由で勧められ、それをネットスローなどで磨き上げていったという。モノにしてからは、試合で投げるのは多くても5球程度。勝負どころでの絶対的な切り札とするために、あえて多投はしなかった。それでも、打者がフォークを過剰に意識するため、十分効果的だったのだ。
全盛期には1メートルくらいの落差があり、無回転でナックルボールのように揺れながら沈むような軌道を描いていたとも言われる。まさに魔球である。
通算成績は525試合215勝123敗。勝率.636は200勝以上している投手の中では3番目の数字。沢村賞3回は最多タイでもある。2020年9月には珍寿(95歳)を迎える、正真正銘のリビングレジェンドだ。
プロ野球界で、投げない投手はいないほど一般的になったスライダー。多くの使い手がいるが、とくに際立った投手を1人挙げるとするなら、伊藤智仁(元ヤクルト)を指名する野球ファンは少なくないはずだ。「高速スライダー」は、現役引退から20年近く経過した今でも伊藤の代名詞となっている。
女房役を務めた古田敦也は、その球筋を、あるテレビ番組で次のように評していた。
「打者に近いところで大きく曲がるんです。しかも、目一杯腕を振って投げるから、打者はストレートと錯覚する。右打者の体近くに投げて、打者が避けようとしたらググッと曲がってストライクのコール。そんな球を要求して楽しんでましたよ」
伊藤は、スライダーだけでなく、ストレートも150キロ台中盤と一級品。ただ、度重なる肩ヒジの故障により、通算成績は、現役生活11年で127試合、37勝27敗25セーブ。決して目立つ数字ではないが、その存在感は球史に燦然と輝いている、
右投手の場合、一般的にはリリースのときに手のひらを三塁側に向けるようひねって投げるのがシュート。細かいコントロールがつけづらいからか、得意とする投手は、そう多くない。有名なところでは、稲尾和久(元西鉄)、東尾修(元西武)、西本聖(元巨人ほか)、川崎憲次郎(元ヤクルトほか)といったところ。
なかでも、「カミソリシュート」と称され、その名を高めたのは平松政次(元大洋)だ。「ひねるように投げる」と前述したが、平松のシュートの投げ方は、リリースのときに、股関節を広げ、右手を遅らせるように腕を振るという独特なもの。手先ではなく、下半身からの強い力を加えることで、カミソリの切れ味が生み出されていたのだ。全盛期は、ホームベースの真ん中あたりから打者に当たりそうになるところまで曲がったという。
ちなみに、大洋一筋だった平松が在籍した17年間(1967〜1984年)のチーム成績は、優勝0回、2位1回、3位4回、4位3回、5位6回、最下位4回。Bクラス常連の弱小軍団だった。そんな中にあって、1970年に25勝、1971年に17勝で最多勝を記録するなど、通算201勝196敗16セーブという輝かしい成績を残している。また、「巨人キラー」でもあり、巨人戦51勝は、金田正一(元国鉄ほか)の65勝に次ぐ歴代2位。
近年、メジャーからの流れもあってか、ツーシームやカットボールなど小さく動くボールが球界を支配しつつあるが、そうなると、カウンターパートとして、大きく変化するカーブにも注目が集まる。
現役では、岸孝之(楽天)や武田翔太(ソフトバンク)らが得意としており、その亜種とも言えるナックルカーブ(人差し指のみを立てる握り)も、バンデンハーク(ソフトバンク)、五十嵐亮太(ヤクルト)らが駆使して、打者を苦しめている。
歴代でも、多くの名投手がカーブを武器にしていたが、そのなかでも、ここでは工藤公康(元西武ほか、現ソフトバンク監督)を挙げておきたい。
工藤のカーブは、大きく縦に割れる軌道で、ひと昔前は「ドロップ」とも称されていたボール。その投げ方は、中指と親指を縫い目にかけ、「指パッチン」の要領でリリースするというもの。抜くように投げるという投手も少なくないが、工藤は2本の指で押しつぶすように強く回転をかけた。
このカーブと140キロ台後半のストレートのコンビネーションを柱とした投球で、通算224勝142敗3セーブ。さらに、歴代1位タイの実働29年という息の長い現役生活を送った。
ソフトバンクの監督となった今でも、オフになると野球教室やキャンプなどで、打撃投手を務める姿が球団の公式SNSで紹介され、全盛期と変わらぬカーブも惜しみなく披露している。
文=藤山剣(ふじやま・けん)