まずは誰がなんと言おうとこの場面しかない。2次ラウンド初戦となった日本とオランダの一戦で「その瞬間」が訪れた。
6対5と日本が1点リードして迎えた7回裏2死一塁。打者・バレンティンの場面で松井裕樹(楽天)に代わって秋吉がマウンドに登った。ついに秋吉対バレンティンが実現。
この対決にはヤクルトファンだけでなく、東京ドームもスタンド全体が盛り上がり、一塁側内野席で見ていた筆者も身震いした。左右に目を向けると両隣の観客も興奮していた。
大会前、秋吉は「バレンティンは外角へのスライダーでいつも打ち取られている」と語っていた。その言葉通り、初球から秋吉は外角へのスライダーを2球続ける。
しかし、バレンティンは手を出さない。3球目のスライダーをファウルされ、4球目はインハイへのストレートを投じ、これもファウル。5球目を放る前に捕手・小林誠司とのサイン交換で秋吉は首を2度振った。勝負球に選んだのは伝家の宝刀・スライダーではなく、チェンジアップ。外角低めに決まった渾身の一球にバレンティンは空振り。秋吉が勝利した瞬間だった。
この勝負の後、両者は笑顔で言葉を交わしている。どういう言葉を交わしたのかはわからない。しかし、あの笑顔から察するに称え合っていたのだろう。この場面が全6試合行われた東京ドームで最も印象に残ったシーンだった。
この試合は延長タイブレークの末に8対6で日本が勝利。日付が変わる直前に試合が終わったたが、筆者は最後まで戦いを見届け、無事終電に乗ることができたこともつけ加えておく。
ちなみに終電に間に合った要因は、10回表に日本が2点を奪った直後、山田哲人(ヤクルト)が併殺打となり、日本の攻撃がサクッと終わったからだろう……。
2次ラウンドの初戦まで波に乗れず、話題となったのは1次ラウンド・キューバ戦での「幻の本塁打」のみだった山田哲人。「2年連続トリプルスリー男」がこのままで終わるはずがないと思いつつも、どこか不安を拭えなかった。その不安を払拭してくれたのが2次ラウンド・2戦目のキューバ戦だ。
1回裏、先頭打者の山田は幻になりようがない文句なしの先制本塁打を放つ。この試合、筆者は左翼スタンドで観戦していたが、席から10メートルと離れていない位置に着弾し、周囲は大騒ぎとなった。
そして終盤の8回裏には勝負を決める2点本塁打。この本塁打で8対5とキューバに3点差をつけ勝利を手繰り寄せた。この試合も最後まで見届け無事に帰宅できたが、山田が初戦のオランダ戦と同じようにバットで早く帰れるようにしてくれたのだ(と思っている)。
山田はこの一戦で息を吹き返し、続くイスラエル戦でも2安打を放つ活躍。準決勝進出に貢献した。
2015年のシーズン途中にBCリーグ・新潟アルビレックスBCからヤクルトにやってきたデニング。大活躍とはいかなかったが、バレンティンが不在の中で一定の活躍を見せ、人気を博していた。
つば九郎のボブルヘッド配布デーでもあった6月のロッテ戦で見せた満塁本塁打は、今も目に焼き付いている。そして左翼に就いていたが、危なっかしい守備だったことも当然覚えていた。
しかし、WBCでは守備に不安のあるデニングがオーストラリア代表の中堅を守っていたのだ。オーストラリア戦では、ヤクルトファンの筆者が通常では立ち入ることのない東京ドームの右翼スタンドで観戦していたが、右前方に見えるデニングの姿に懐かしさを覚えた。
WBCでは打撃が振るわなかったデニングだが、この試合では4回飛んできた打球を無難に処理していた。しかも、そのうち3回の打球はかつての同僚・山田哲人が放ったものだった。
山田の打球をデニングが処理するという光景を3度目の当たりにし、ヤクルトファン的にはこれだけでお腹いっぱい。
次のWBCではどのような楽しみがあるだろうか。2021年が今から楽しみだ。
文=勝田 聡(かつたさとし)