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25年野球から離れた箕島・尾藤Jr.の夏

 いくつかある今大会の注目ポイントの中でも、こと、監督という点ではこの人だ。箕島の尾藤強監督。故・尾藤公氏の息子ということで予選前から各高校野球雑誌でも取り上げられていたが、僕も春の大会中に一度取材をし、書かせてもらった。ちょうど準決勝で智辯和歌山を倒した試合後、有田にあるマツゲンスタジアムから学校まで移動し、たっぷりと話を聞かせてもらった。

 いかにも身の詰まった体型、漲るエネルギー、短髪に揃えた顔の表情まで…。まあ、お父さんの雰囲気がそこかしこに漂っていた。本人にそう向けると「OBの人からは2代目、尾藤公を襲名せえ、って言われてます」と笑って返してきたが、甲子園のベンチで見ると、さらに面影がダブってくるのだろう。


▲故・尾藤公氏(元箕島監督)

 それにしても、昨秋、OBたちの後押しもありコーチとしてチームに関わるようになり、今春から監督。それでいきなり、春の大会に続き、夏の和歌山も制し、甲子園にまで辿りついたのだから、ただ事じゃない。

 その結果だけでも“持っている人”とわかるが、何が凄いかと言えば…。現役時代は親子鷹として話題にもなったが87年に箕島を卒業後、東京の大学へ進むも野球部に馴染めず中退。そこからは長野県で長く働き、結婚を機に和歌山へ戻ったが、その間、少年野球レベルも含め、一切、野球に関わることなく過ごしていたのだ。

 つまり、ざっと数えても25年近くのブランク。それでいて指導1年足らずで甲子園…。ここが一番凄い。こういう経歴の人は他にいるのだろうか、ちょっと思い当たらない。

 箕島は公立のため、若かりし頃の公氏がそうだったように、強氏も普段は朝から夕方まで仕事をしながら、そこから野球の練習に駆けつける。

「朝は6時から働いて夕方4時くらいに学校に来ます。今は普段の仕事も自分が体を使うより指示を出す方になりましたけど、まあ、現場監督と高校野球の監督を掛け持ちしてる人なんかそういないんじゃないですか?」と豪快に笑った。現場仕事の雰囲気がまた合う、豪快な気質も含め、一目で人間的魅力にあふれた人だとわかる。


▲尾藤強監督(箕島)


 最近は高校野球もあらゆる面でシステム化され、技術指導もメンタルの指導も細かく、丁寧になってきた。そこで20年余りのブランクについて不安はないかと尋ねたが「今頃、僕が本屋に走って野球の本読んで勉強したってしょうがない。自分の思うとおりに、出来ることをやるだけです」と迷いなく言い切ったが、この人の持つ人間的魅力は選手たちを束ねる時の何よりの強味に思えた。やはり、人をひきつけ、動かす一番の力もまた人なのだ、と。

 その上で野球について重ねて尋ねると「僕がまともに野球を教えてもらったのはオヤジしかないですから。親父の野球を結果として伝えていくことになります」。箕島の野球と言えば「バント」をイメージする人が多いかもしれない。ただ、単に手堅い野球というのではなく、僕の中では一塁手、二塁手、投手の間に転がすドラッグバントを見せたかと思えば、一方では手堅いスクイズ、そして時には豪快な一発…。何をしてくるかわからない野球こそが箕島野球のイメージ。そう伝えると「私もそう思ってます」と尾藤監督と意見があった。「選手1人1人が考えて動ける野球、それが箕島野球です」。公氏が記した著書に「わが野武士野球」という一冊があるが、まさにそのタイトルにこそ、箕島野球の神髄が込められているのだろう。

 1969年生まれは僕と同級でもあるが、この世代、最近の高校野球界でなかなか活躍が目立っている。大阪桐蔭の西谷浩一監督、東海大相模の門馬敬治監督、山梨学院大付属の吉田洸二監督(元清峰)、関西の江浦滋泰監督…らが69年生まれ。

 最後にこの点を伝えると「ええこと聞きました。乗っていかなあきませんね」。野球から遠ざかっていたからこそ見えるもの、感じるもの、喜びもある。型にはまらず、奔放に仕掛けて動く箕島野球と心からの尾藤スマイル。僕も少しノスタルジックな気分に浸りながら29年ぶりの箕島の夏を楽しみたい。


プロフィール
文=谷上史朗(たにがみ・しろう)/1969年生まれ、大阪府出身。関西を拠点とするライター。田中将大(楽天)、T−岡田(オリックス)、中田翔(日本ハム)、前田健太(広島)など高校時代から(田中は中学時代から)その才能に惚れ込み、取材を重ねていた。

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