東のストレートの最速は145キロ。トレーニング理論の進化などにより、全国的に140キロを出す高校生投手は珍しくなくなった今、飛び抜けた数字ではない。
しかし、東のストレートは明らかに出色。多くの高校生投手が「エイヤッ」と全身に力をみなぎらせて快速球を投げるなか、東のフォームは実にしなやかだ。
ゆるやかな始動から体の勢いに頼らずに鋭く腕を振り抜く。フォームの脱力感とボールの力感。このギャップは並大抵の高校生が実現できるものではない。「歩いて投げられる」という表現がピッタリだ。
「小さいときは阪神ファンでしたが、あこがれはダルビッシュ投手です」(東)
幼少期からの目標を聞いて、実に納得できた。フォームが瓜二つというわけではないが、肩、ヒジの柔らかさとマウンド上での余裕は甲子園で楽々と140キロ台を連発したダルビッシュを彷彿とさせる。
抜群の身体能力と柔らかさを持つ東だが、その原点は父・博文さんと行っていた肩甲骨のストレッチだ。
「小さい頃に家のなかで壁当てをさせていたら、腕がいい位置から出てくる。じゃあ野球やらせてみよう、というのがはじまりですね。幼稚園のときから毎日欠かさず肩甲骨のストレッチをやらせました。最初は強制でしたが、習慣になっていきましたね」
と、父・博文さん。東は「父が熱血でして……」とやや苦笑いだったが、中学時代は120〜125キロ程度だった球速がここまで伸びたのは、貯蓄が一気に現れた結果だろう。
また、東は高校に入ってから球速が伸びた理由のひとつに硬球が、合っていたことを挙げる。中学時代はクラブチームを経て2年から軟式野球部に所属。当時は「ボールが潰れる感覚」があったという。
軟球だから潰れて当然かと思うかもしれないが、意外にもこの感覚を強く持っている投手は多くない。ちなみに、昨年、ドラフト1位で日本ハムに入団した堀瑞輝(広島新庄出身)も中学時代は軟式野球部で当時の球速は120キロ後半だったというが、中学時代の話を聞くと「潰れる感覚」を語った。
東は178センチ71キロ。2月下旬に練習試合を見た際には細身の印象があったが、わずか4カ月で胸板が明らかに厚くなった。昨年までは自宅から通学していたが、今年からは寮に入り、勝負をかけている。
「体への意識が変わりました。寮では夕食後もおにぎりなんかが用意されているので、積極的に食べるようになりました」(東)
ユニホームの肩口はピチピチ。しなやかさに迫力も加わりつつある。この好素材に残る必要なものは「勝利」の二文字だ。
「ランナーを背負ってからの投球にも信頼感があります。でも、ドラフトで指名されるかどうかは夏の勝利にかかっています。チームにも『同級生をプロにいかせたかったら夏は勝つしかない』と伝えています。最後は『勝てる投手』になれるか。そこが東の分岐点ですね」(岡本博公監督)
ただ一抹の不安もある。春の兵庫県大会地区予選で腰を痛めて戦線離脱。6月に復帰したばかりだ。
練習試合の履正社戦では西の大砲・安田尚憲から三振を奪い、最速142キロを記録するなど上々の復帰を果たしたが、3回に4失点とつかまった。
「3回で腕がパンパンになりました。今は5回はいけるところまで戻っていますが、ペースを上げて調整しています」(東)
「これまで東に助けられた試合がたくさんあった。今度はほかの投手も野手も総動員で本調子に戻るまで支えていきます」(繁戸翔太主将)
昨秋にはセンバツ4強の報徳学園との練習試合で7回無失点の好投を見せた。もともとスタミナには自信のあるタイプだ。
神戸弘陵は東のケガもあり夏のシード権を獲得できず、関西学院、市尼崎と同じ第2ブロックに入った。今夏の兵庫大会は16ブロックに分かれて4回戦までを戦うが、大会屈指の激戦区だ。勝ち上がれば、17日に昨夏の覇者・市尼崎と対戦する可能性が高い。
東の第一志望はプロ。夢を叶えるためには出色のストレートとキレ味鋭いスライダーで三振の山を築くしかない。隠し玉から注目投手に成り上がれるか。激戦区・兵庫で実力を証明したい。
取材・文=落合初春(おちあい・もとはる)