子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。
「利き腕側の肩を下げるな! 両肩は平行に保ったまま体重移動をしろ!」
約8年前となる2005年夏。少年野球の指導者をするようになり、驚いたのが、監督やコーチがピッチャーを指導する際に、大半の方が、まるで当たり前のように冒頭のセリフを口にすることだった。
ピッチャーが足を上げ、キャッチャー方向に踏み出していくシーンで横から(一塁側もしく三塁側)から見た際にボールを持った側の肩が下がり、グラブ側の肩が上がってしまう状態。たとえオーバースローの投手だろうと、それはご法度なのだと。
私自身は、中学、高校で投手を務めていた頃、利き腕側の肩を一度下げてから投げる方がいい球が投げられる感覚があった。上から叩くように体が使えるし、縦に割れるカーブもその方が投げやすい。それゆえ、利き腕側の肩を下げてから投げていたのだが、それでも指導者から注意を受けることなどなかった。
時代は1980年代前半。思えば、江川卓(元巨人)、新浦壽夫(元巨人ほか)、西本聖(元巨人ほか)、江夏豊(元阪神ほか)、池谷公二郎(元広島)、村田兆治(元ロッテ)、大野豊(元広島)、佐藤義則(元阪急)といった面々に代表されるように、当時、プロ野球界で活躍していたオーバースローの投手たちの大半がいったん利き手側の肩を下げてから投げていた。そのせいか、「肩を下げること=絶対的悪」という概念を持っていた指導者など、いなかったように思う。
沢村栄治(元巨人)、スタルヒン(元巨人ほか)をはじめ、歴代の名投手たちのフォームを連続写真や古い映像などで確認しても、ほとんどの選手が利き手側の肩をいったん下げてから投げていた。それなのに2005年の少年野球界の指導現場では「下げるな」という考えが正解とされている。これはいったいどういうことなのか…?
「下げるな」派の指導者たちに下げてはいけない理由をたずねると、
「上に向かって投げることになるから高めに抜けて、低めにいい球がいかなくなるから」
「シーソーのようにギッコンバッタン投法になってしまう」
「実際のボールは上から投げおろしたいのに、上に向かって投げるような動作が入るのは無駄」
といった一見もっともらしい答えが返ってくる。中には「え? 常識でしょ? 下げちゃダメなのは」と理由さえ添えられない人もいた。
(あれぇ? いったいいつからこんな理論がはびこるようになったんだろう? この10年、15年でいったい野球の現場になにがあったというんだ?)
プロ野球界を見渡すと、岩隈久志(マリナーズ)、新垣渚(ソフトバンク)、石川雅規(ヤクルト)など、たしかに肩を下げなくても活躍している投手はいた。しかし、彼らは上から投げおろす、というよりはスリークウォーター寄りの投げ方。タテの回転というよりは、横の回転を使って投げるタイプだ。
野茂英雄(元近鉄ほか)や松坂大輔(メッツ)、黒田博樹(ヤンキース)といった体をタテに使って、上から投げ下ろすタイプはやはり利き腕の肩をいったん下げてから投げているのである。メジャーを見渡しても、ロジャー・クレメンス(元レッドソックスほか)を筆頭に、オーバースローで実績を残している投手のほとんどが肩をいったん下げてから投げていた。
大きなカーブが武器の岡島秀樹(アスレチックスFA)も利き腕の肩を下げる投げ方が有名だったが、少年野球界の現場の声は「あれは特別。結果を出してるから、個性の域に達してしまってるし、今さら誰も直せとは言えないけど、少年たちにマネさせてはダメなお手本にならないフォーム」という評価で一致していた。釈然としない私は「野茂や松坂を筆頭に肩をさげてから投げる投手はプロにもいるじゃないか」と異議を唱えることもあったのだが、
「あれはプロだから…」
「プロまでいくと、あれはもう個性になっちゃうからねぇ」
「少年とプロとでは体力が違う」
「少年のうちは正しい基本を伝えないと」
「野球の技術書にも両肩は平行にと書いてある」
といった、声が返ってくる。
(確かにそう書かれた技術書ってあるよな…。なんか、もはや、なにが基本なのか、ダメなのかよくわからんようになってきたけど、少なくとも、自分がチームで担当している教え子らには『利き腕の肩を下げるな』という指導は絶対にしないでおこう)
私は心にそう決めた。
そうするうち、息子たちが投手を務めることが多くなっていった。長男は少3、次男は小2でマウンドに上がるようになったが、私が何も言っていないのに、二人とも利き腕側の肩を下げてからオーバースローで投げるのである。
(投げたいように投げた結果のフォームがこれかぁ…。これは面白いな。自分の子どもを使って実験ができるかもしれない)
フォームに関しては、言葉の上では、立ち方や、力の抜く箇所を言うくらい。肩に関しては、下げろとも、下げるなともいわないでおこうと決めた。長男のゆうたろうはそこまで極端な下げ方ではなかったが、次男のこうじろうは、村田兆治ばりに右肩を大きく下げて投げるため、村田を知っている世代の保護者からは「マサカリ投法」などと、言われていた。
(いい球を投げようと思った結果、あの投げ方になるということは、あいつの体が、こう体を使ったほうがいいと本能レベルで判断しているということだよなぁ。コントロールもいいし、同学年にはまともに弾き返されない球威のあるボールも投げられてるし。とりあえずこのままで経過観察するか…)
コーチの中には「服部さん、あのままでいいんですか? もっとオーソドックスなフォームに直さなくていいんですか?」と進言してくる人もいたが、「あれが投げやすいみたいだから、今は好きにやらせてあげてよ」と言い続けた。
しかし、対戦相手のチームの指導者や保護者は「えらく個性的なフォームだなぁ」、「上向いて投げてるじゃん」、「あんなフォームでよくストライク入るな」と感じている様子が伝わってくるし、実際にそういう声も聞こえてきたりする。
(やっぱり、どこかで肩を平行にといわなきゃいけないのかなぁ?)
そんな悩みを抱えていた時期に、当時、楽天の投手コーチを務めていた佐藤義則氏を取材する機会があった。
ピッチングテクニックに関するテーマのインタビューだったのだが、その中で、佐藤氏はこんな興味深い話をし始めた。
「ぼくはオーバースローの投手は利き腕側の肩を下げるべきだと思うし、自分もそうやって投げていたんだけど、最近は肩を下げないフォームの子が入団してくる割合が高いんだよね。あれはなんなんだろう? アマチュアの現場で肩を下げるなというふうにみんな教えられてるのかなぁ?」
私が目を輝かせながら、佐藤氏に食らいついていったのは言うまでもない。
(次回へ続く)
文=服部健太郎(ハリケン)/1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材と技術系取材を得意とする実力派。少年野球チームのコーチをしていた経験もある。