50歳で現役を退いた山本昌をはじめ、同じ中日からは谷繁元信や和田一浩、そして他球団からもプロ野球界の功労者の引退が相次いだ。
その一方で、ウインタースポーツ界の「レジェンド」こと、スキージャンプの葛西紀明は、衰え知らずの活躍をみせている。昨年12月にスイスで行われたワールドカップでは、御年43歳にして3位入賞。自身の最年長表彰台記録を塗り替えたばかりだ。
「(少なくとも)50歳まで現役」を高らかに宣言し、親子ほど年の離れた選手に囲まれ、まだまだギラついている。
2014年のソチ五輪では、個人ラージヒル銀、団体銅のメダル2つを獲得した葛西。同年の流行語にもなった「レジェンド」の呼び名はすっかり定着した。もともとは、ジャンプ人気の高いヨーロッパで名づけられたもので、言ってみれば逆輸入ワード。
30歳を過ぎると引退する選手も出てくるジャンプ界で、40代で世界トップレベルに返り咲き、戦い続ける葛西は、ヨーロッパの人々にとっても、まさに常識破りの「伝説=レジェンド」である。
彼らのレジェンドに対するリスペクトは大きく、葛西が表彰台に上がると、各国のトップ選手、監督が次々と祝福に訪れる「葛西詣で」は、いまや見慣れた光景。どこの国の大会でも、自国選手と同じか、それ以上の大歓声を受け、世界中をホームゲームにしてしまう葛西。ちょうど2年前に10季ぶりのワールドカップ優勝を果たした翌日には、開催地・オーストリアの新聞の運動面をジャックしたほど。当時からワールドクラスの存在感は健在だった。
筆者がジャンプを見るようになったのは、ドイツに留学していた1999年。ギャル世代を中心に現地で発生したジャンプブームに飲み込まれたことがきっかけ。5年ほど前からシーズンを通して現地へ赴き、ジャンプ取材をするようになった。
ジャンプ選手を一言で表すなら「バネの塊」。葛西とともに、ソチ五輪の団体銅メダルを獲得した伊東大貴が、日本ハムの試合前の始球式でど真ん中にストレートを投げ込み、札幌ドームをどよめかせた事がある。彼らの身体能力の高さは想像以上で、ジャンプ選手ならではの特性は、きっと野球にも活かせるはず。
「ジャンプ」という競技名の通り、踏み切りで発揮される彼らの跳躍力はすさまじく、垂直飛びで75センチを記録するレベルはザラ。助走をつければ、身長156センチの筆者の頭の上も余裕で飛び越えられる。そんなジャンプ力があると、内野を守れば、頭上越えのライナーはことごとくグラブに収まり、外野を守れば、平成版「フェンス際の魔術師」の誕生だ。
ジャンプのポイントは大まかにいうと4つある。助走で板に正しいポジションで乗って加速を得ること、踏み切りで力を伝える強さとタイミング、空中姿勢、そして着地だ。
カギとなる助走姿勢は、飛行機に乗っただけでもズレると言われるほど繊細で、バランス感覚を磨くための玉乗りや綱渡りは、トレーニングの定番メニュー。彼らのバランス感覚は、サーカス団並みに磨かれている。
感覚といえば、ジャンプ選手のスピード感覚は常人のそれとは全くの別モノ。フライングヒルと呼ばれる、大きなジャンプ台でマークされた世界記録は251.5メートル。細い板2枚だけを履いて、時速100キロを超える助走から飛び出し、着地時には時速120キロ近くにもなる。
やや強引な例えだが、高速道路をぶっ飛ばしている車から飛び降りて、テレマーク入りで着地するようなものか? 抜群のバランス感覚と、いい意味でマヒしたスピード感覚。さらにブレない身体の使い方と、ストレートにひるまない眼力があれば、野球界でも攻守に渡って鬼に金棒だろう。
ジャンプ競技は体重が軽いほど遠くに飛べるため、どの選手もギリギリまで体を絞っている。葛西も身長177センチで体重は60キロ前後。脂肪など蓄える余裕はない。
そしてヘルメットからスーツにブーツ、そして手袋に至るまで、全身黄色でキメるのがレジェンド・スタイル。ジャンプ界では、“黄色いジャンプスーツに手を出すのは、はばかられる”なんて噂もあるくらい、黄色イコールKASAI。
そんな勝負服の差し色には、黒が定番とくれば、あの球団以外は考えられない。そう阪神タイガースだ。阪神の外野手として、6年ぶりにゴールデングラブを受賞した大和が前後左右の守備範囲を極めるなら、葛西は高さで勝負! あのジャンプ力なら「ラッキーゾーン芸」というカテゴリーが確立できていたかもしれないと思うと、今さらながら甲子園球場のラッキーゾーン撤去が悔やまれる。もし、選手と同じような高さであるフェンスのラバー部分に乗ることができれば……。
さらに、衰えない肉体をキープし続ける葛西の日課は、遠征中の早朝ジョギングだ。一般人なら引けた腰でヨタヨタ歩くのが精一杯の、ツルッツルのアイスバーンを颯爽と快走。盗塁量産も期待させる華麗なフットワークをもってすれば、昨季のチーム盗塁数がわずか48と、両リーグ通じてダントツの貧相な数字に終わった阪神の救世主になれるかもしれない。
今シーズン中にも、スキー競技では前人未踏のワールドカップ通算500試合出場の達成が確実と、その鉄人ぶりはギネス級の葛西紀明。レジェンドは黄色×黒を背にしてこそ、輝きを放つはず。スキー界のレジェンドは、野球界でもレジェンドになれるかもしれない。
文=小林幸帆(こばやし・さほ)