イチローにとって今季は、先月すでに達成した「メジャー通算500盗塁」に加え、カウントダウンも始まった「メジャー通算3000本安打」、さらには日米通算での「ピート・ローズ越え(4257安打)」と、例年以上に“記録狂想曲”の様相を呈している。
21日の4安打で、メジャー通算安打は2954本。3000安打に残り46本に迫った……そうした「記録とイチロー」の話は確かに楽しい。だが、今季の球界テーマともいうべき話題で、もっとイチローを掘り下げるべきだ。それは「体重増とイチロー」である。
NPBの話になってしまうが、今季はここまで「投手・大谷翔平」の成績が思わしくない。22日の試合で今季2勝目を挙げたものの、すでに4敗。防御率は3点台と苦しい投球が続いている。
その不調の一因といわれているのが、オフに100キロ超えした「体重増」だ。トレーニングでつけた筋肉の鎧とはいえ、急激な体重増が投手としてのバランスに何らかの微細な誤作動を及ぼしているのではないか?
大谷自身、「勝てない、というよりは、自分の思うような球がいかない」と語っているのが印象的だ。ただ、大谷の件はあくまでも一例。今季は他の選手でも、オフにウエートによる体重増を実践した選手は多かった。
こうした「体重増」「巨大化」というトレンドに対して、誰よりも警鐘を鳴らしていたのがイチローだ。シーズン前に出演した『報道ステーション』では「虎とかライオンはウエートトレーニングしない」、「自分の持って生まれたバランスがありますから、それを絶対に崩してはダメですよ」と言及していた。
「イチロー体重論/トレーニング論」は何も最近の風潮にあわせて考えた話ではない。メジャー移籍後、ことあるごとに言い続けてきた「イチローの素」ともいうべき考え方だ。
イチローを追いかけたノンフィクション『イチローの流儀』(小西恵三・著)では、次のようなイチローのコメントを紹介している。
《トレーニングは木と同じ。葉っぱや幹とか、見えている部分よりも根っこが大きいものだし、まずその根っこを大事にしないといけない。オフシーズンにウエイトを一生懸命やって大きくしてもシーズン中にその筋肉を維持できないとあまり意味がない。野球のシーズンは長い。その長さを基準に体づくりを考えた方がいいと思う》
また、2014年のTVインタビューでも、イチローは次のコメントを残していた。
《アメリカにくると、みんな体が大きいじゃないですか。一般の人でも僕らよりもデカい人がいっぱい。そこで、力とかパワーを勘違いして肉体を大きくすることは絶対にダメ! これは断言できますね(中略)いろんなセンサーを体は発してくれますから。ここが危ないよっていうポイントを教えてくれない体に自分でしてしまう》
《僕はアメリカにきた時、最初はちょっと体を大きくしたんです。でも、全然動けなくなった。それが、プラス3キロ。3キロ違うと全然動けない》
(いずれも、フジテレビ系『ジャンクSPORTS』より)
我々は、まだまだイチローから学ぶべきことがある、ということだ。
そうはいっても、現在42歳。今季が終わる頃には43歳を迎えるイチローである。どうしたって「年齢とイチロー」についても言及しないわけにはいかないだろう。
過去、イチローは「年齢」というテーマについても印象深いコメントを何度も残している。間もなく40歳、というシーズンに記者から年齢について問われたイチローはこう切り替えした。
《ポテンシャルだけでやってきた39歳と、様々なことを考えて積み重ねてきた39歳を一緒にしてほしくない》
ほかにもイチローは、いつもの独特の表現で「年齢との戦い」について言及を続けてきた。
《選手の年齢は、精神的脂肪に出るものです。脳みその硬さですよね。ここに一番、年齢があらわれちゃいますから。それだけは避けたいと思ってます。もちろん僕は常識的ではないので、そんなものとは無縁でしょうけど(笑)》(石田雄太著『イチロー・インタビューズ』より)
世のイチローファンの中には、「下り坂のイチローは見たくない」「醜態をさらす前に引退して欲しい」「去年で引退すべきだった」といった、愛するが故の厳しい意見をする人も多い。
もちろん、それらの声もわからないではない。凄すぎたイチローを知るからこそ、その美しい思い出をそのままの形で残しておきたいのだろう。
だが、これまで何度も「世間の常識」「球界の常識」と戦い、それを打ち破って未開の地を切り開いてきたのがイチローだ。老いていく姿であっても、新しい可能性、信じられないプレーを創出してくれるはず……そんな期待を抱いたっていいはずなのだ。
イチローは、こんなコメントも残している。
《「40だから。年だから。」は楽。そこに理由を求めると、まわりも「そうだよねー」となる。人間は、ストレスをためたくないから。でも、そうじゃなくて、それによって出てくる風味を楽しもうよ! って》(NHK『プロフェッショナル』)
今こそ、「イチローの風味」を楽しむべき時なのではないだろうか。
文=オグマナオト(おぐま・なおと)