子どもを野球好きにさせるには? 子どもを将来野球選手にしたい! そんな親の思惑をことごとく裏切る子どもたち。野球と子育てについて考える「野球育児」コーナー。野球ライター“ハリケン”こと服部健太郎さんが実話を交えて、子どもたち(少年野球選手)をどのように呼んだらいいか、を語ります。
「自分の子が同じチームにいる場合、自分のことをなんて呼ばせてる?」
もう6年ほど前のことになるが、少年野球指導者同士の飲み会の席でそんな話になったことがある。
少年野球の場合、子どもが所属するチームの指導者をお父さんが務めるケースは少なくなく、私が所属していたチームでも、いわゆる「親子鷹」が自分も含め、チームには何組も存在した。そんな親子鷹の場合、子どもたちは自分の父親をなんと呼ぶのだろうか。
「うちは、グラウンドでは名字にコーチをつけて、『○○コーチ』って呼ばせてるよ」
「うちもそう。グラウンドで『パパ』とか『お父さん』じゃまずいもんな。周りの選手の目もあるし、そこはちゃんとけじめをつけなきゃね」
「『パパ』なんて呼ばれてるのをほかの子に聞かれたら『あ、そうか、○○コーチはあいつのお父さんなんだもんな』っていう現実をあらためて認識されちゃうみたいで、ちょっと場が変な空気になりそうだもんな。おれも普段、家ではパパって呼ばれてるけど、グラウンドでは『○○コーチって言えよ』ってことになってるわ。なんかこそばゆいんだけどな」
「わかる。最初のうちは特に照れくさいよね」
「おれも、『○○コーチって呼べよ』って息子には言ってるんだけど、子どものほうが照れくさくて、言えないみたいなんだよな…」
「じゃあ、なんて呼ばれてるの?」
「『ねぇ』とか前につけながら、なんとなくごまかしてるんだよな」
「何十年も連れ添った夫婦じゃないんだから!」
その場にいた指導者の話を総合すると名字+コーチのパターンが約6割、「あの〜」「ねぇ」と言った具合に、雰囲気で疎通をはかってくる、うやむやパターンは案外多く、約3割、そして残り1割が普段同様「お父さん」「パパ」などと呼ばれているケースだ。(これは小学校低学年までのケースがほとんど)
「まぁ、まだ1、2年生の間は、パパとか呼んじゃうのも許せるけど、高学年になると、ちょっと具合悪いかもな」
「そうだね。低学年までかな、パパ呼ばわりの許容範囲は」
我が家の場合、チームに入団したのが、長男ゆうたろうが2年生、次男こうじろうが幼稚園の年長の時。入団当初は、グラウンドでも「ねぇ、パパ」などと平気で呼ぶので、「コ、コラッ! グラウンドでパパと呼ぶなって!」と諫めたことは数知れず。「グラウンドでは服部コーチと呼べ」という決まりにしたものの、「ねぇ」などとごまかすパターンが4年生くらいまで続き、『服部コーチ』と呼べるようになったのは5、6年生になってから。グラウンド内で親に対してもきちんと敬語を使えるようになった頃と同時期だったと記憶している。
それではお父さんコーチたちはわが子たちをグラウンドでどう呼んでいるのだろうか。
私の周りでは名前を呼び捨てにするケースが100パーセント。名字で呼ぶケースは皆無だった。
「名字呼び捨てまでいくと、ちょっと不自然になっちゃうよね。普通に名前を呼び捨てでいいと思うな」
グラウンド同様、家の中で普段から名前呼び捨てで呼んでいる家庭は特に違和感のない話だが、すべての家がそうとは限らない。中には普段は「○○くん」「○○ちゃん」と呼ぶパターンもあるし、愛称で呼んでいるケースもある。
「うち、普段は君付けで呼んでるから、グラウンドで名前を呼び捨てにするとき、結構ちゃんと意識しないと、すっと出ないんだよな」
「なんかグラウンドの時だけ、『おい○○!』って呼び捨てにするのも、なんか照れくさいものがあるけどな」
「でもこないだお昼に弁当を食べてるときに、油断して、家の時と同様、小さい頃から呼んでる愛称で息子を呼んじゃったんだよな。そうした横で聞いてたやつらがみんな『え? 普段はそう呼んでるの!?』みたいな顔してたわ。あれはまずかったな…。息子にもえらい怒られたわ。恥ずかしいやないかって」
実は我が家も家の中では、幼いころから、長男ゆうたろうを「ゆうくん」、次男こうじろうを「こうちゃん」と呼んでおり、ついうっかりすると、グラウンドでもそう呼んでしまいそうになるときがあった。幸い、口をすべらせたことはないが、「こら、ゆうたろう!」「あかんやないか、こうじろう!」などと、威厳とけじめのあるコーチを演じつつ、最初のうちは内心、照れ臭い気持ちでいっぱいだったことを思い出す。
ここであるチームのコーチが言った。
「でも、自分の子どもを名前呼び捨てで呼ぶなら、ほかの選手も必ず名前で呼ばなくっちゃいけないと思うんだよな。子どもらって『あいつはコーチに名前で呼ばれてるけど、おれは名字か…』っていうのをわりと気にしたりするからね。そういうこともあって、うちのチームでは全選手を必ず下の名前で呼ぶようにしてるよ」
言われてみればそうだ。自分も少年時代に、地元の軟式野球チームでプレーしていた頃、入りたての頃は指導者陣から名字で呼ばれていたが、いつしか「健太郎」と下の名前で呼ばれるようになった。お客さんからチームの一員として認められたような気がして、とてつもなく嬉しかったものだ。
(今までは名前で呼ぶ子と、名字で呼ぶ子が混在する感じだったけど、うちのチームでも名前で統一したほうがいいかもしれないな)
以来、全選手を下の名前で呼ぶことを徹底した。同じ名前の選手が複数いる場合は、ニックネームを作り、スタメン発表の際も、「名前orニックネーム」で呼ぶことにこだわった。
下の名で呼ぶことを徹底してから、半月ほど経ったころ、自分が担当していた学年のある選手の父親が練習終わりに私の下へやって来て、こう言った。
「この間、すごく上機嫌で練習から家に帰ってきたんですよ。『なんだ、ホームランでも打ったのか?』って聞いたら、『今日、コーチから初めて名前で呼んでもらった!』って大喜びしてるんですよ…」
指導者としてのそれまでの自覚のなさを恥じた。必要だったのはほんのちょっとした心配り。子どものモチベーションを上げることは永遠のテーマであるが、ほんのちょっとしたことが大人の想像以上のモチベーションアップを子どもらにもたらすこともある。
そんな大切なことに気づけたような気がした2007年の秋晴れの日だった。