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「人を信じる」か「信じない」か…価値観と結果論〜野球のゲームリーディング〜(最終回)

『野球太郎』で活躍中のライター・キビタキビオ氏と久保弘毅氏が、読者のみなさんと一緒に野球の「もやもや」を解消するべく立ち上げたリアル公開野球レクチャー『野球の見方〜初歩の初歩講座』。毎回参加者のみなさんからご好評いただいております。このコーナーはこのレクチャーをもとに記事に再構成したものです。
レクチャーは予定していた全5回が終わり、こちらの連載も20回目で今回が最終回となります。ここまでレクチャーに参加していただいた方も、記事を毎回お読みいただいた方も、みなさまありがとうございました。
いままでのまとめにもなる最後のレクチャーをお読みください!


【WBCを題材に】

キビタ:今回は最終回ですので、これまで整理してきた内容を踏まえて、実際のゲームでどう見るかという話で締めたいと思います。
久保:題材にするのは今年3月のWBC。負けられない戦いの中で、日本はどういう動きをしたのかを考えていきます。

台湾戦、8回表キャッチャー阿部に代走


キビタ:まずは2次ラウンドの台湾戦です。この時は0対2と日本がリードされた展開で、8回表の日本の攻撃を迎えました。

久保:その前の流れとして、ここまであまり調子がよくなかった田中将大投手(楽天)がリリーフで登板し、6回、7回を抑えました。エースの気迫のピッチングで反撃ムードが高まっての8回表。4番・阿部慎之助選手(巨人)のタイムリーで1点返して、なおも無死一、二塁で、5番の糸井嘉男選手(オリックス)に打順が回ります。ここで糸井選手は送りバントを試みますが、三塁封殺になりました。

キビタ:「糸井にバント?」と思う人も多いかと思いますが、台湾戦の前にも山本浩二監督は糸井選手に送りバントのサインを出していました。そういう意味では、作戦は一貫していたとも言えます。

久保:糸井選手は左バッターですし、彼の脚力であれば、ゲッツーは避けられたでしょう。悪くても一、三塁の状況は作れたと思います。このバント失敗で1死一、二塁になったので、日本ベンチは二塁走者の阿部選手に替えて、代走に本多雄一選手(ソフトバンク)を送りました。延長も視野に入れないといけないのに4番を代えるのはリスキーです。そして何よりも、キャッチャーを代えたことが大きな疑問でした。

キビタ:大会前に阿部選手はヒザを痛めていたので、ワンヒットで二塁から帰れる状態ではなかったのかもしれません。事実、代走の本多選手だったから、その後の6番坂本勇人選手(巨人)のヒットでホームに返ることができました。明らかに采配が後手に回っているのも事実ですが。

久保:キャッチャーを代えると、ピッチャーのリズムも変わってしまいます。あれだけ好投していた田中投手が、2対2の同点になった8回裏から急に崩れて、1点を失いました。この回からマスクをかぶった相川亮二選手(ヤクルト)はベテランでWBCの経験者ですけども、相川選手の力をもってしても「キャッチャーを代えると試合が動く」という大きな流れを食い止めることができませんでした。この場面だけを取り上げて「マー君はメンタルが弱い」と叩くのは、ちょっと違う気がします。

キビタ:野村克也さん(元楽天監督ほか)もそうですけど「キャッチャーを代えると、試合が動く」と言って、キャッチャーを代えたがらない人は結構います。

久保:試合が崩れたのなら別ですけど、ピッチャーの調子がよくなってきたタイミングでキャッチャーを代えるのは…。「いい流れの時にはあまり動かない」というのも鉄則です。

9回表2死一塁で鳥谷が初球盗塁


キビタ:台湾戦の続きです。9回表、2対3と1点差を追いかける展開で、日本は1死から9番の鳥谷敬選手(阪神)が四球で出塁。2死一塁からの初球に二盗を成功させました。

久保:アウトになったらゲームセットという状況で、よく走りました。

キビタ:リスキーに思える盗塁でしたけど、早稲田大時代から鳥谷選手を見ている人たちにとっては、この初球スチールは見慣れた光景だったかもしれません。当時の早稲田大は比較的シンプルな作戦が多く、様子を見たり、駆け引きをしたりする前に「走ってしまえ!」で行くケースが多かったので、鳥谷選手もよく初球から走っていました。だからああいう場面でも走れる素地はあったんです。

久保:普段はそんなに意欲を見せませんけど、鳥谷選手の走る能力は高いですね。

キビタ:3番という打順の制約もあるかもしれませんが、本人がその気になれば、もっと盗塁できると思います。

久保:この盗塁を決める前の8回裏に、鳥谷選手はサードで好守備を見せています。「ファインプレーした後の選手は乗ってくる」という流れも見逃せません。

「行けたら行け」は優しさでもある


久保:スモールベースボールでなんとか勝ち進んだ日本でしたけど、準決勝のプエルトリコ戦では、8回1死一、二塁での重盗失敗が響いて敗れました。みなさんもご存じの場面でしょうが、4番の阿部選手の打席で、二塁ランナーの井端弘和選手(中日)がスタートを切りかけて止まります。しかし、一塁ランナーの内川聖一選手(ソフトバンク)が止まれず、2死二塁になりました。この時のサインが「(重盗は)行けたら行け」だったことが、何かと話題になりました。

キビタ:「行けたら行け」っていうのは無責任にも聞こえますけど、選手からすると「ディスボールで必ず行け」と言われるより精神的に楽です。タイミングが合わなければ止めてもいいので、プレッシャーは軽くなります。

久保:しかし一塁ランナーとの連携に約束があったのかという疑問は残りました。即席チームだから、そこまで徹底できていなかったのかもしれません。内川選手は井端選手が止まったのを見ないで、全力で二塁に向かってしまいました。

キビタ:大会後に梨田昌孝コーチが講演されていた話によると、あの場面は絶対に三盗できる要素が揃っていたそうです。プエルトリコのキャッチャーのモリーナ選手は肩が強いけど、モーションが大きい。ロメロ投手は左だし、クイックが得意ではない。ストップウォッチの秒数では、確実に盗める数値が出ていたと言います。ただし「4番の阿部の場面で動くのか?」といった問題もありました。

久保:考える要素をまとめてみます。

プラスの要素は ○キャッチャーのモーションが大きい
○左投手は三盗しやすい
○投手のクイックが遅い
○二、三塁にしてゲッツーを避けたい
○相手の裏をかき、4番の打席で動く


マイナスの要素は
●4番にじっくり打たせるべき
●一、二塁はゲッツーのリスクがある
●重盗をする際の約束事が徹底できていない


キビタ:みなさんの意見を聞いてみましょう。あの場面で走らせてもよかったと思う人(4人ほど手があがる)。では、4番に勝負させるべきだったと思う人(10人ほど手をあげる)。「4番の阿部選手に託す」という人の方が多いですか。

久保:昔のプロ野球だったら、主砲が打席にいる時は、ランナーがちょろちょろしていたら「じっとしていろ!」と怒られました。でも、国際大会のトーナメントだったら、そうも言っていられない部分もあるでしょう。

キビタ:こればっかりは正解はありません。仮に井端選手が途中で止まらずに走っていたら、どうだったのか? 1死二、三塁になっていても、果たして阿部選手が打てていたのか? 意見が分かれるということは、それだけ野球が難しくもあり、面白いスポーツでもあるということです。

久保:最終的には「人を信じる」か「信じない」といった話になってきますね。「この監督はこの選手をどこまで信用しているか」という目で見ていくと、ゲームリーディングが面白くなりますし、監督の野球観も見えてきます。その人の野球観が「いい」か「悪い」ではなく、「好き」か「嫌い」かの好みの世界だと思ってください。

キビタ:この講座でお話してきた材料を元に、ゲームを予測する楽しさを味わってもらえたら幸いです。長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。


■プロフィール
キビタキビオ/野球のプレーをストップウオッチで測る記事『炎のストップウオッチャー』を野球雑誌にて連載をしつつ編集担当としても活躍。2012年4月からはフリーランスに。現在は『野球太郎』を軸足に、多彩な分野で活躍中。Twitterアカウント@kibitakibio

久保弘毅(くぼ・ひろき)/テレビ神奈川アナウンサーとして、神奈川県内の野球を取材、中継していた。現在は野球やハンドボールを中心にライターとして活躍。ブログ「手の球日記」

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