書籍『野球部あるある』(白夜書房)で「野球部本」の地平を切り拓いた菊地選手とクロマツテツロウが、「ありえない野球部」について迫る「野球部ないない」。
最初に取り上げるのは「東の横綱」と称される帝京高校野球部。普通の野球部では「ないない」と言われるであろう「帝京野球部あるある」を描き出すため、帝京野球部OBで現在は芸人として活躍する杉浦双亮さん(360°モンキーズ)に会いに行ってきた。
ひと気のない場所を探していたら、閑古鳥が鳴いているファンシーな店構えのカフェを見つけた。
店頭のボードに書かれたメニューを見ると、ジェラート、ティラミス…いかにも若い女性が好みそうなメニューが並んでいる。こんな感じの店でいいのだろうかと逡巡しながらも、もうあまり時間がない。仕方なく店に入り、三方を衝立で仕切られた4人掛けのテーブル席に通してもらった。
こちらからの連絡を受けてほどなく、ベースボールキャップをかぶったラフな格好の男性が店に入ってきた。
「どうもどうも」
男性は満面の笑顔で挨拶すると、僕が座っているソファの反対側にある二人掛けソファに座ろうと、軽やかに尻を滑らせた。その際、尻とソファがこすれて「ブッ!」という音が鳴った。
「あ、今のオナラじゃないですよ」
男性は、とっさに僕と、傍らにいた女性の店員に向かって弁解した。
「いやいや、別に疑ってないですよ!」
こちらも思わず切り返してしまう。
黒いフリルの衣装を着た女性店員は苦笑いしている。やはり、この店に30代の元・野球部員二人がいるというのは、ちょっと場違いのような気がした。
「えぇと、今日は『帝京野球部あるある』の話でしたよね?」
ベースボールキャップを取った男性の頭は、見事に剃りあげられていた。僕は「何か悪さをやらかした帝京の野球部員みたいだな」と思った。
「ヴェ〜! ヴェ〜! ヴェヴェヴェ〜!」
ランディ・バース(元阪神)のヒッティングマーチを「口ラッパ」で再現しながら、決してメジャーとは言えない外国人選手のモノマネをする。最後は必ずマイク・イースラー(元日本ハム)を演じようとしたところで床が抜け、奈落へと消えていく━━。
フジテレビ系のバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』の人気企画「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で、お笑い芸人・360°(サブロク)モンキーズの杉浦双亮さんは一躍ブレークした。
杉浦さんは1976年2月生まれの36歳。帝京野球部出身ということは広く知られている。ちなみにブレークのきっかけとなった番組のMC、とんねるずの石橋貴明さんも帝京野球部OBで、杉浦さんにとっては野球部でも芸の道でも大先輩になる。
個人的に杉浦さんとは10日前、ある雑誌の座談会で会っていた。その際に拙著『野球部あるある』(白夜書房)をお渡しすると、「帝京野球部あるあるをやるときは、ぜひ協力させてください」と言ってくださっていた。さらに、杉浦さんが漏らしたこんな言葉も気になっていた。
「あの頃は授業の合間とか、学校の中で監督(前田三夫氏)を見かけただけでも憂鬱な気分になったよなぁ…。話しかけられたとかじゃなくて、姿を見ただけでです。なんなんでしょうね、あの気持ちって」
冗談めかしてはいたが、そのときの沈んだ口調とこの世の終わりを見てきたような表情は、強く印象に残った。すぐに段取りをつけ、話を聞かせてもらうことになったのだった。
聞きたいことは山ほどあったのだけど、杉浦さんはインタビューを始める段になって「あのぉ、思いついたことをどんどん言っていっていいですか?」と前置きした上で、問わず語りに話し始めた。
「高校時代は監督とコーチがグラウンドに来るまでに、『いかに抜くか』ということばかり考えていましたね。それで、いざ監督、コーチが現れたことをを発見した部員が、ある合図を出すんです」
ここまでは、よくある野球部でのエピソードだ。しかし、ここからが「帝京野球部あるある」だった。
「合図は『キシキシキシ…』って言うんです」
キシキシキシ?
「『キシ』って音って、小さくても遠くまで通るんですよ。だからバレにくい」
指でサインをつくって知らせるという方法はよく聞くが、「キシ」を連呼するというやり方は初めて聞いた。実際に「キシ」という音が杉浦さんが言うように「小さい音でも遠くまで聞こえる」かはわからない。ただ単純に神経過敏になっていただけじゃないか…という気がしなくもなかったが、その風習は杉浦さんが入学前からあったようだ。
そしてさらに、「これぞ帝京」と思えるエピソードが語られた。
「『キシ』はサッカー部も使うんです」
当時、帝京の野球部とサッカー部は決して広くないグラウンドを半分に分け合って使用していた。ともに全国屈指の強豪で、部員たちの自尊心も強いはず。普通なら反目し合うように思えるが、現実には逆だった。
「サッカー部に怖いコーチが2人いて、野球部の監督とコーチ、合わせてこの4人を発見したら、野球部だろうがサッカー部だろうが関係なく『キシキシキシ…』って言うんです」
なんとサッカー部と共闘して、指導者の発見に全力を傾けるという。
「サッカー部とは部室も隣で仲が良かったですね。学校内で野球部の先輩に挨拶するのは当たり前ですけど、帝京ではサッカー部の先輩にも挨拶しないといけないんです。野球部は坊主だからすぐわかるけど、サッカー部って髪型ではわからないじゃないですか。知らずにすれ違ったりすると、『野球部の1年、挨拶しなかった』となって、あとで『セッキョー』になるわけですよ。だから『この人、サッカー部っぽいな』と思ったら、とりあえず挨拶していましたね」
他にも、失態を犯した際の「罰」も共通していた。部室を追い出される「青空」(屋外に段ボールを置いて荷物はそこに入れる)、ユニフォームを着せてもらえず練習中ずっと立って見学し続ける「タッシー」。そしてサッカー部には「ダッシュマン」という最上級の過酷な罰(朝練、昼練、放課後練と、ずっとダッシュし続ける)があったのだが、それはのちに野球部でも取り入れられたのだという。
ここまで野球部とサッカー部が密接しているという例は、今まで聞いたことがない。
そう言えば…、と思い当たることがあった。「とんねるず」は帝京野球部OBの石橋さんとサッカー部OB・木梨憲武さんのコンビ。360°モンキーズも杉浦さんが野球部OB、相方の山内崇さんはサッカー部OBだ。つまり、この2組のコンビが芸能界で活躍しているのはただの偶然ではなく、背景に帝京の野球部とサッカー部の蜜月関係があると言えるのではないだろうか。
「それはあるかもしれないですねぇ。言ってみればサッカー部とは『運命共同体』みたいなものでしたから」
杉浦さんは野球部引退後、サッカー部の山内さんと文化祭でネタを披露。それがのちのコンビ結成につながったのだという。
帝京高校は2004年に校舎が移転し、野球部は立派な専用グラウンドで練習している。当時ほどではないにせよ、今もサッカー部との良好な関係は残っているのだろうか。
そんなことを思いながら杉浦さんの話を聞いていると、いよいよ「帝京野球部ならでは」という、今となっては笑うしかない地獄の日々について語られていった…。(次週につづく)
■杉浦双亮(すぎうら・そうすけ)
1976年2月8日生まれ、東京都八丈島出身。小学5年で埼玉県大宮市(現さいたま市)に転居し、帝京高校では野球部に入部。チームは入学した1年春から4季連続で甲子園に出場するが、自身のベンチ入りはなし。高校時代の同期生・山内崇さんとお笑いコンビ「360°モンキーズ」を結成し、コアな外国人選手のモノマネでブレークした。11月4日には第7回 太田プロただの野球好きトークライブ(新宿・LEFKADA)に出演する。
今回の【帝京野球部あるある】
指導者が現れると聞こえてくる「キシキシキシ…」。
文=菊地選手(きくちせんしゅ)/1982年生まれ。編集者。2012年8月まで白夜書房に在籍し、『中学野球小僧』で強豪中学野球チームに一日体験入部したり、3イニング真剣勝負する企画を連載。書籍『野球部あるある』(白夜書房)の著者。現在はナックルボールスタジアム所属。
twitterアカウント @kikuchiplayer
漫画=クロマツテツロウ/1979年生まれ。漫画家。高校時代は野球部に所属。『野球部あるある』では1、2ともに一コマ漫画を担当し、野球部員の生態を描き切った。雑誌での連載をまとめた単行本『デンキマンの野球部バイブル』(白夜書房)が好評発売中。
twitterアカウント @kuromatie