近年、日本サッカー界を沸かせているチームといえばサンフレッチェ広島だ。
2ステージ制になった今シーズン、1stステージ(前期)こそ、浦和レッズに首位を譲ったものの、2ndステージ優勝で大逆転の年間優勝。チャンピオンシップトーナメントも制し、2年ぶり3度目のJリーグ制覇を成し遂げた。
4年間で3度の優勝。まさに黄金期を迎えているサンフレッチェだが、チームをけん引する存在といえば、もちろんFW佐藤寿人だろう。
ゴン中山こと中山雅史(JFL・沼津)に並び、歴代トップタイとなるJ1通算157ゴール。大記録の更新が目前に迫った日本蹴球界のレジェンドのプレーには、「もしかして野球でも成功したのでは?」と思える“動き”が詰まっている。
埼玉県春日部市出身。ジェフ市原、セレッソ大阪、ベガルタ仙台を経て、2005年に広島入り。そこから11シーズンに及んで、リーグ戦で2ケタ得点を継続。常に「広島のエース」を担ってきた。
移籍の多いサッカー界において、エースが11シーズンも在籍し続けることは稀。加えて、高い年俸を提示するクラブへ移籍する選手も多いにも関わらず、佐藤寿人は2008年のJ2降格時をはじめ、広島に断固残留。
チームの苦しい経済事情の末、減俸を提示されても「チームのため」と快く受け入れる「お金よりチーム」の男なのだ。
その男気は同じ広島に本拠地を持つ広島東洋カープの現役レジェンド・黒田博樹に双肩。広島では英雄的存在になっている。
日本代表とはあまり縁のない佐藤寿人のプレースタイルはあまり知られていないところだろう。
彼のプレースタイルを一言でいえば、「嗅覚型ストライカー」。特段、足が速いわけではないが気が付けば決定機を作り、確実にゴールネットを揺らしてきた。
さらにテレビだけではわからないのが、オフ・ザ・ボールの動きだ(ボールに絡まないところでの動き)。実際にスタジアムに行き、ゴール裏に陣取れば、佐藤寿人の動きに目を奪われるだろう。
身長170センチ、体重71キロ。体格は決して大きくないが、まずサッカー選手離れした“お尻”が目に付く。野球選手のプリプリ感が佐藤にはあるのだ。
そして、基本的に最前線をぶらついている。オフサイドラインを出入りしながら、相手選手に近付き、何かを話したり…。ライトなサッカー観戦者であれば、「こいつは何をフラフラしているんだ…? 真面目にやれ!」と思ってもおかしくない動きだ。
しかし、いざボールがくる頃には佐藤寿人の周りには相手ディフェンダーが誰もいなくなっている。コンマ数秒の動き出しの速さで裏に抜け出すと、正確にゴールを決め、ゴールを量産してきたのだ。
相手のスキを見逃さない佐藤のポジショニングは神技。野球でも守備でそのセンスを発揮できる可能性を秘めている。
ポジションはどこでもいけそうだ。内野ならば楽天・藤田一也のように「なぜそこにいる!」と相手を唸らせるポジショニングでアウトを量産できるだろう。
しかし、筆者はあえて捕手を推したい。佐藤寿人がゴールを決めたあと、相手ディフェンダー陣が目を見合わせているシーンをよく見かける。
「お前のマークだろう」と言わんばかりのアイコンタクトだが、それが佐藤寿人の術。相手をよく観察し、状況・戦術・意図を完全に読み取り、ギャップを創出する。
その技はベテラン捕手のリードのように映る。もし、佐藤寿人が野球をしていたならば、藤井彰人(元阪神ほか)のような小柄でも渋みある名捕手になれたのではないか。
また、後身への指導力も抜群だ。今シーズンは佐藤寿人がスタメンを張り、後半にU-22日本代表FW浅野拓磨が後を引き継ぐのがサンフレッチェの必勝パターン。
自他ともに「佐藤寿人の背中を見て育った」という浅野は、今シーズン8得点でベストヤングプレーヤー賞を獲得。50メートル5.9秒の俊足に加えて、佐藤寿人直伝の狡猾なポジショニングが随所に見受けられた。
さらに佐藤寿人はマメな性格。チームメート全員の誕生日をスケジュール帳に記録し、プレゼントを欠かさない。野球ならば投手陣から信頼されるキャッチャーになれそうな匂いがプンプンしている。
クラブワールドカップで順調に駒を進めるサンフレッチェ広島。エース・佐藤寿人の「野球での可能性」を感じながら観戦すれば、試合が一層とおもしろくなるだろう。
文=落合初春(おちあい・もとはる)