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第19回 『風光る』『ラストイニング』『砂の栄冠』より

「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!

★球言1



《意味》
ライトからレフトへと流れる甲子園名物の「浜風」。この風が、レフトからライトへと逆向きになった場合は、雨が降る前兆。試合の流れが大きく変わる可能性が生じる。

《寸評》
「『浜風』が吹いている間は雨が降らない」という定説も、意味は同じ。作中では、甲子園の北側に位置する六甲山から風が吹き、レフトからライトへの流れに変わると、「5分と経たないうちに大雨になる」と解説している。

《作品》
『風光る』(七三太朗、川三番地/講談社)第40巻より


《解説》
激闘が続く甲子園二回戦、多摩川高と関大淀川高の試合。三回裏、4対1から2点を返し、なおも無死一、二塁のチャンスを作る関大淀川高。4連打を浴び、苦しい投球が続く多摩川高のエース・野中ゆたか。
流れは関大淀川高へと傾いたかに思われたが、野球にひたむきな野中の姿勢が文字通り、試合の風向きを変えていく。
「ここで抑えれば まだ4対3です まだ あきらめられませんっ」
絶体絶命のピンチで、関大淀川高の三番・深瀬を三球三振。その瞬間、甲子園のバックスクリーンにはためく国旗が向きを変える。放送席に座るアナウンサーが口を開く。
「甲子園では ライトからレフトへの風が浜風と言われ 『晴れ』の証なのですが レフトからライトへの風は逆浜風 六甲山からの風は『雨の前触れ』と言われています そしてそれは あっという間に降り始めるとも」
野球の神様による、運命のイタズラが始まろうとしていた。


★球言2


《意味》
甲子園のスタンドには、魔物が2匹いる。1匹は、兵庫県や大阪府の代表を勝たせたいと願う地元贔屓。もう1匹は、弱い者や幸薄い者に肩入れしたいという、日本人特有の判官贔屓である。

《寸評》
生まれ育った町を愛する人情と、弱きを助ける義侠心。甲子園に棲む魔物の正体は浪花節か。2004年夏の駒大苫小牧高や2007年夏の佐賀北高のように、不利な条件や低い下馬評から勝ち進んだチームが優勝した大会は、確かに盛り上がる。

《作品》
『ラストイニング』(中原裕、神尾龍、加藤潔/小学館)第31巻より


《解説》
地元・兵庫県代表の湊川商工と、甲子園の1回戦で当たった埼玉県代表の彩珠学院高。スタンドを埋め尽くす地元ファンの声援にも負けず、鳩ヶ谷圭輔監督の指揮のもと、4対2で白星を挙げる。じつに甲子園で37年ぶりの勝利だった。
「さすがに九回までバントはありえんわァ」
通路を歩く一般客の声が聞こえてくる。彼らは、土壇場まで伝統の野球にこだわった、湊川商工の采配に疑問を投げかけていた。高校野球賭博のハンデ師・桃谷十三は、その会話を聞きながら考える。
「甲子園の客は 大多数が地元贔屓。(中略)それはしばしば 甲子園の魔物にたとえられるが──甲子園には もう一匹 魔物が棲んでいる」
別の一般客たちが、彩珠学院高についての感想を語り合う。
「なかなかええチームかもしれんな、あのサイガクも」
「負けたら後がないちゅう話やしな」
桃谷の頭には、「判官贔屓」という単語が浮かんでいた。


★球言3


《意味》
夏は1日に4試合も行う甲子園。試合を2時間程度で終わらせたい審判は試合中、とにかく選手たちを急かす。気付かないままプレーしていると、すぐに試合が終わってしまうので要注意。

《寸評》
審判が試合時間を削りたがるのは、ナイター設備の電気代を節約するため、という話はよく耳にする。作中では「甲子園の審判の9割が関西の人」である点も指摘。「トロクサいことが嫌いで せっかちが基本の関西人」なので、自然と進行が早くなるのだという。

《作品》
『砂の栄冠』(三田紀房/講談社)第8巻より


《解説》
埼玉県立の樫野高は、21世紀枠でセンバツに出場。近畿大会&神宮大会を制した大阪杏蔭高と、1回戦を争うことに。
大阪杏蔭高は、初回からソツのない攻撃。試合開始わずか4分で、1点を先制する。
樫野高のエース・七嶋裕之は昨夏、甲子園マニアの滝本から教えてもらった言葉を思い出していた。
「甲子園では とにかく時間が経つのが早い それは審判が選手を急がせるから その理由は・・・・試合を2時間で終わらせたいからや」
滝本によれば、夏の大会などは1日4試合も行うため、「時間の目安をつけて 終わらせる努力をすることは当たり前のこと」だという。
大阪杏蔭高のスピーディな試合運びに危機感を募らせる七嶋。しかし、樫野高・曽我部公俊監督の口からは、「漠然とした指示」しか出てこない。七嶋は自らの判断で、「杏蔭のリズムで流れ始めた時間を完全に止める」作戦を仕掛けようとするが……。

文=ツクイヨシヒサ
野球マンガ評論家。1975年生まれ。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。

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