”今”話題の野球ニュースを裏のウラまで読む!
auスマートパスなら厳選コラムが読み放題
週刊野球太郎
中学、高校、プロ・・・すべての野球ファンのための情報サイト

「野球不毛の地」インドネシアで〈クールなスポーツ〉野球の普及に努める日本人物語(前編)

「マック鈴木さん(元ロイヤルズほか)にやられちゃったんですよ。そうでなけりゃ、今頃は日本で普通のサラリーマンになっていたのかな」

 と屈託なく笑うのは前田夏希さん、34歳。
 インドネシアの首都・ジャカルタ。町じゅうが人いきれに包まれたような猥雑としたこの町で、彼は子どもに野球を教えている。野球の世界では、全くその名を見ることのない国だが、実は1万2000人の野球人口を抱えている。


 そんなジャカルタにできた野球アカデミーのコーチとして移ってきたのは、2015年夏のことだ。

 簡単に前田さんの略歴を振り返ろう。
 マック鈴木のように野球の本場アメリカで「プロ野球選手」という夢を追いかけるも叶わなかった。その後もアメリカに居続け、インストラクターとして修業を積んだ。そして、兄貴分と慕う旧知の元独立リーガーが開く野球塾に活躍の場を移し、野球を教える喜びに目覚めていく。指導者としてキャリアを積んでいる最中の2015年春、来日したのがシンガポールに本部があるアカデミーの少年野球チームだった。その通訳兼スタッフとして世話をしたのがきっかけで、このアカデミーの支部として発足したジャカルタ・アカデミーで次のステップを踏むことになったのだ……。

☆メジャーリーガー目指し、渡米した15歳

 10年前、中学生だった彼の網膜に焼き付いたのは、高校をドロップアウトしながらも単身渡米し、メジャーのマウンドまで上り詰めた一人の投手の姿だった。まだ身の丈を測ることを知らない野球少年は、その男、マック鈴木の背中を追うことにした。

「地元(三重)ではそこそこ知られてたと思うんですけど、強豪校から誘いが来るほどでもなかったです」

 ともに教師だという両親は、この前田少年の決断を止めることはなかった。兄もまたプレーしていた卓球を極めたいと中国に留学した。そんな自由な気風の家庭に育った彼は、中学を卒業してすぐにロサンゼルスの高校に進学し、大学卒業後まで野球の本場でメジャーリーガーを目指して、プレーし続けた。

 英語は好きだったとは言うが、さすがに初めは授業についていけなかった。大学ではスポーツマネジメントを専攻したのだが、学問と野球との両立は難しく、卒業までに6年を費やした。

「勉強は得意ではなかったですね」と彼は苦笑いを浮かべる。

 大学を卒業したのは2006年6月のことだった。しかし、メジャー球団から声はかからなかった。

☆悔しさからの筋トレが指導者としての財産に

 それでも、夢を諦めきれず、独立リーグのトライアウトに挑戦し続けた。いつも最終選考まで進むものの、最後の最後で振り落とされてしまった。

「テストは受けていましたが、内心、もうその頃にはプロは難しいなと思っていました」


 前田さんは当時を振り返る。実際に飛び込んだ本場の野球は思った以上に層が厚かった。大学でも、まったくマウンドに上がらせてもらえず、その理由を問い詰めた監督の返事は極めてシンプルだった。

「球が遅いから」

 日本で少々自慢できる程度のストレートは、アメリカでは平凡なものでしかなかった。伸びやキレという話の前に、圧倒的スピードに屈することに。そのシンプルな一言から、彼はウエートトレーニングを重ね、ストレートのスピードを上げることに力を注ぐ。結果的に、当時の悔しさから作り上げた筋骨隆々の体躯が、彼の財産になった。

「言って聞かせるよりも、見せたほうが説得力が増しますよね。それなりの体をしている人間が言うと、子どもたちも素直に従ってくれます。アメリカでプレーしたことで得た、ちょっとした副産物ですね」

 それでも、プロという目標は叶えることはできなかった。

「アメリカでプロ目指したい、っていう日本人選手のお手伝いを何回かしたんです。その中で、プロだった人や大学の全国大会に出た人と一緒に練習しました。……全然違いましたね。遠投なんか敵いません。そんなあの人たちでもプロでは成功しないんだって思うと、もう自分の限界もわかりましたね。トライアウトはおまけみたいなもんでした」

 現在、独立リーグの増加などもあり、世界規模でのプロの裾野は限りなく広がっている。日本のアマ球界で無名だった選手でも、場所と待遇さえこだわれなければ、「プロ野球」選手になることは不可能ではない。

 それでも彼は、15歳から登り始めた山を27歳――大学を卒業して2度目の夏に下りた。


文=阿佐智(あさ・さとし)
1970年生まれ。世界放浪と野球観戦を生業とするライター。「週刊ベースボール」、「読む野球」、「スポーツナビ」などに寄稿。野球記事以外の仕事も希望しているが、なぜかお声がかからない。一発当てようと、現在出版のあてのない新刊を執筆中。ブログ「阿佐智のアサスポ・ワールドベースボール」(http://www.plus-blog.sportsnavi.com/gr009041)

本誌情報
雑誌最新刊 野球太郎No.32 2019ドラフト直前大特集号 好評発売中
おすすめ特集
2019ドラフト指名選手一覧
2019ドラフト特集
野球太郎ストーリーズ
野球の楽しみ方が変わる!雑誌「野球太郎」の情報サイト
週刊野球太郎会員の方はコチラ
ドコモ・ソフトバンク
ご利用の方
KDDI・auスマートパス
ご利用の方