球が遅くても打ち取れるんです! 春夏甲子園連覇投手・島袋洋奨(ソフトバンク)の復活は?
☆どうして島袋洋奨はこんなになってしまったのか……
2010年の甲子園で春夏連覇を達成し、沖縄旋風を巻き起こした興南高校。その中心にいたのが、現在ソフトバンクの島袋洋奨投手です。独特のトルネード投法からキレのあるボールを投げ込んでいました。
プロ野球界から大きな注目を集めていた島袋投手は中央大へ進学しました。当時は高校から直接プロに行けば……と思ったもの。私の予感は的中し、“島袋投手らしさ”は年を追うごとに失われ、特に4年時は球速が落ち、コントロールも悪くなるという悲惨な状態になってしまいました。
プロ入りが危ぶまれていましたが、ソフトバンクがドラフト5位で指名し、プロ野球選手になることができました。高校時代の評価から考えると雲泥の差ですが、大学4年生の彼を見たらプロになれただけでも、よしとしたいところでしょう。
しかし、どうしてこんなに変わってしまったのか? 不思議に思う人もいると思います。そこで島袋投手の長所と短所を解説しながら、再び“島袋旋風”を巻き起こすための秘策を紹介したいと思います。
☆自分に合った投球フォームと球速が一番
島袋投手が一番よかったのは、何と言おうと興南高時代。172センチという小柄な体を目一杯使ったトルネード投法をしていた時です。この投球フォームには3つの要素が合わさりあった素晴らしいフォームでした。
1つはソフトバンクに帰ってきた和田毅投手のように、投げようと踏み込んだ前足が接地した地面反力を利用して、投げ腕を振り上げるスピードが非常に速いです。打者から見ると、急に腕が上がって投げてくるので、リリースポイントがつかめません。
2つ目はトルネード投法。深い捻転から体を大きく使うことに加え、投石器で飛ばすように遠心力を最大限利用して投げ腕を振ることができます。これはたとえると中日の岩瀬仁紀投手が近いイメージですね。
最後のポイントは、踏み込んだ時に相撲の四股を踏むようにして、両足の股関節を外旋させます。こういった体の使い方は巨人の杉内俊哉投手に通じます。外旋させて軸足となる後ろ足がセンター方向に移動することで、投げ腕を加速させる動きが起こります。この後ろ足と投げ腕の関係は運動量保存則に則っています。
また、和田投手のように前足が接地するまで投げる体勢にならず、杉内投手のように四股を踏むことから半身でいる時間が長く、とても球持ちがいいフォームでした。
このような筋力に頼らない、3投手のいいところが備わった体の使い方によって、球速は135キロ前後でも、打者はタイミングを狂わされるので打つことができません。島袋投手が高校レベルで無敵のピッチャーにのし上がっていった裏には、こんなフォームの秘密があったのです。はっきり言って、特に直す所がない100点をあげられるフォームでした。
しかし、そんな島袋投手の最大の武器は大学に進学後に徐々に消えていってしまいました。それは球速を追い求めたことが原因でしょう。
今や大学生でも、当たり前のように150キロを投げています。島袋投手も同じように速い球を投げたい、と思い、実際に球速は出ていました。それでも、当時の投球フォームを見ると、島袋投手特有の体の反射ではなく、速い球を投げようと腕の筋力だけで投げるようになってしまいました。
そして力に頼れば頼るほど、軸足の粘りが失われます(股関節を外旋させなくなる)。半身でいる時間が短くなり、球持ちが悪くなり、リズム感も悪くなります。このような負のスパイラルにハマってしまった島袋投手。高校時代のよさは見る影もなくなってしまいました。
☆先輩をお手本にして輝け、沖縄の星
このような状態でもドラフトで指名された島袋投手。正直な話、1つの可能性を除いては、どうあがいてもプロでの活躍は難しいと思っていました。ただ、幸運な事にこの1年間で可能性ある方向に向かい始め、光明が見えてきました。
それは高校生時代のフォームを取り戻しつつあるからです。チームの指導方針か、島袋投手本人が気づいたのかはわかりませんが、興南高校で投げていたようなフォームで投げよう、という姿勢が見えてきています。
▲軸足がすでに四股を踏むようになっており、股関節を外旋させ、下半身の粘りが復活してきたことがわかる。
結果として、1年目の春先はストライクが入らなかったものの、3軍から2軍、そして終盤には1軍デビューまで果たしました。その背景には、高校時代のフォームに戻りつつあると言えます。
その勢いをさらに加速させるため、ソフトバンクの大先輩である和田投手と杉内投手を参考にして、とことん甲子園を制覇した投げ方に戻していきましょう。
特に杉内投手の下半身の使い方。振りかぶって、前足が着地した瞬間に四股を踏むように股関節を割って投げる。それを繰り返して、高校時代の体の使い方を取り戻しましょう。
また和田投手はソフトバンクに帰ってきましたから、何よりも素晴らしい生きる教材が入りました。観察して、質問して、実践して、ソフトバンクが生んだ名投手を追い越すような選手になってもらいたいです。
☆1軍で活躍する選手は、その理由を自分で理解している
おそらく高校時代の島袋投手は、「どうしてバッターは自分の球を打てないんだろう」と投げていたと思います。よくも悪くも感覚的な部分が大きかったはず。
一流のピッチャーは、「なぜ打たれなかったのか」を自分の中で噛み砕いて解釈できているもの。たとえば球速が160キロ出たとしたら、「こういう体の使い方をしたから出た」と他人に説明できなくても、自分自身の中では理解できているものです。最近は「野球脳がいい(悪い)」と言ったりしますね。プロで活躍するには、いい時の体の使い方を何度も繰り返しできます。
高校レベルでは難しいかもしれませんが、島袋投手なら大学で「自分の投球の形」を理解したいところでした。しかし球速を追い求めてしまったことで、真逆の結果に……。
ただ、いまは高校時代のフォームに戻りつつあるので、このまま「自分にはこのフォームが合っているんだ」と認識してもらいたいです。思わぬ遠回りをしてしまいましたが、かつての自分さえ取り戻せれば十分巻き返しは可能です。開幕1軍はなりませんでしたが、今季の活躍に期待しています。
■タイツ先生プロフィール
1963年生まれ、栃木県出身。本名は吉澤雅之。小山高時代は広澤克実(元ヤクルトほか)の1学年下でプレーし、県大会準優勝を経験。現在は「自然身体構造研究所」所長として、体の構造に基づいた動きの本質、効率的な力の伝え方を研究し、幅広いスポーツ選手の指導にあたっている。ツイッター:@taitsusensei では、国内外問わず、トップアスリートたちの動きについて、つぶやいている。個々のレベルに合わせて動画で指導を行う、野球の個別指導サービス「アドバンスドベースボール(http://www.advanced-baseball.jp/)」での指導も始まった。
文=森田真悟(もりた・しんご)
1982年生まれ、埼玉県出身。地元球団・埼玉西武ライオンズをこよなく愛するアラサーのフリー編集者兼ライター。現在は1歳半の息子に野球中継を見せ、日々、英才教育に勤しむ。今季はできるだけ現地観戦をしたい。