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「もうひとつのドラフト―反抗児、長坂秀樹のたぐり寄せられなかった夢―」 第3回

 この年、2005年のドラフト会議は11月18日に行われた。前日に球団から連絡があった。ソフトバンクからの最終の意思確認だった。

「今のところ指名する方針で固まっているから、よろしく。ただ、最後まで指名リストに名前が残っていても、当日の他球団の動向で変わってしまうこともあるかもしれないけど」

 最後の言葉が気にはなったが、待つしかなかった。周囲は、本人の一抹の不安をよそに大盛り上がりしていた。異色の150キロ右腕の「プロ入り」は、スポーツ新聞の格好の“ネタ”となり、Yahoo! は長坂の指名予想をトップページで報じていた。


 ドラフト後、長坂の携帯電話は確かに鳴った。

「飯でも食おうよ」

 編成部長からの誘いだった。
 長坂は言われるがまま、品川で飯を食った。編成部長とはいろいろな話をした。その夜、帰ったのは深夜だったか。帰りのことは、なぜかよく覚えていない。

「いろんな人から電話、かかってきましたよ。サラリーマン時代の上司もかけてきてくれましたね。悔しいっていうより恥ずかしかったですね。みんな期待してくれてましたから。だから『やっちゃったー』って笑って返すしかなかったですね。『運も実力のうち』って言うけど、本当にその通りですね。『どうして指名がねえんだよ』っていうのはなかったです。圧倒的な実力があれば、運なんてものは微々たるものなのでしょうが、結局、僕にはそれがなかったんだなぁ」

 残念な結果だったが、家族からの言葉はそっけないものだった。

「親戚や会社の人に言われたけど、お前、日本で野球やるの?」

 放任主義の父親は、長坂の生き方に口を挟むことはなかった。アマチュアの第一線でプレーしていた息子のことを周囲に漏らすこともなかったという。しかし、父親の知人が甲子園、名門大学とエリートコースを歩んできた長坂の存在を知らないはずはなかった。

「僕、両親には何も言っていなかったんですよ。だからホント、ドラフトについては、知らなかったみたいですね。新聞で僕と名前を見た人が親父に確認して初めて、『俺の息子だよ!』ってびっくりしたみたいです」

 笑って当時を振り返る長坂だが、その無関心なそぶりは、父親の優しさだったのかもしれない。


▲2006年独立リーグ・チコアウトローズ時代にリッチ・ゴセージ(元ヤンキース、ダイエーほか/写真左)と[写真提供:長坂秀樹]

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