本誌で語り尽くせなかったロングインタビュー完全版!三田紀房、高校野球の「監督」を斬る!(第2回)
『砂の栄冠』『クロカン』『甲子園へ行こう!』などで知られる三田紀房氏が、本誌『野球太郎』で語った「高校野球監督の見方」。紙幅の都合でカットせざるを得なかった未収録分をたっぷり含めた、完全版インタビューを全3回でお届け。
選手たちに話を聞くと意外に
七嶋のような目線で監督を見ている
──高校野球の監督は、基本的にグラウンドの絶対権力者。大人の社会と違い、制止する存在が周りにいないという怖さはありませんか?
三田 極端な言い方をすれば、王国の王様ですからね。だんだんと自分のなかで考え方が凝り固まっていき、周囲の意見を排除する方向には進みやすいかもしれません。
強豪私立のなかには、郊外にグラウンドから寮まで完備しているところもあるわけです。場所が人家もまばらな山奥なんかだと、もう本当に1つの国ですよ。監督が来るだけで、全員がピーンッと直立不動になり、まさに王様を迎えるような雰囲気になりますから。
ただ同じ王様でも、結果が出てればまだいい。3年に1回ぐらい甲子園へコンスタントに出場して、全国で2勝ぐらいする学校の監督なら、自分の地位もそれなりに確保され、心にも余裕があるから、他人と意見交換できるんです。ところが、何年も結果が出ず、甲子園から遠ざかっていると、難しい存在です。だんだん聞く耳を持たなくなって、周囲の人間も腫れ物に触るような感じになっちゃうと思います。
──『砂の栄冠』では七嶋が、自軍の監督であるガーソをかなり冷ややかな目で分析しています。彼のような高校生は実在するでしょうか?
三田 ボク自身も意外だったけど、選手たちに話を聞くと、七嶋みたいな子は結構いるんですよ。グラウンドでは「ハイ、ハイ!」と素直に返事するけど、帰りのコンビニでは悪口を言っている、みたいな。監督がいないときの呼び方を聞けば、だいたいの子がウラのあだ名を答えますしね(笑)。自分たちの高校時代を思い出せばわかりますけど、なかなか心から尊敬するとはならないと思いますよ。コメントをマスコミから求められれば、表面上は「監督さんを男にしたい」とか言いますけどね。
──『砂の栄冠』には、横浜の渡辺元智監督や、花巻東の佐々木洋監督など、実在の有名監督たちをモデルにしたキャラクターも次々に登場します。
三田 目的は単純で、読者が面白いと思ってくれるからです。主人公たちが横浜や花巻東と試合をやるんだと、パッとイメージしてもらったほうが楽しいじゃないですか。意外と難しいんですよ、架空の強豪校を読者に浸透させるというのは。モデルを連想できない名前の高校を新しく登場させて、「5度の全国制覇を達成し……」とか言葉を尽くして説明しても、なかなか読者全体でイメージを共有しにくい。モデルをわかりやすくしたほうが、出だしの情報も少なくて済みますし、読者にリアリティを感じてもらいやすいんです。
例えば『砂の栄冠』には「東横浜」という学校が登場しますけど、「東」を付けただけの校名に、「YOKOHAMA」と書いてあるユニフォームですから、ほぼ10人が10人、「これは横浜なんだな」と思ってくれます。
──作中の木槌幸文監督(常翔学院)や前川吉男監督(帝城)は、元常総学院監督の木内幸男氏や帝京の前田三夫監督に顔までソックリです。
三田 あれはもう出してみて……怒られたらゴメンなさい、という(笑)。
──反対に、釘谷康之監督(兼六学館)にはモデルがいませんよね。態度が傲慢で、マスコミから嫌われ、選手への指導も適当というキャラクターでしたが?
三田 釘谷は、監督たちが持つ悪い部分を合わせて作ったオリジナルです。でも、彼のような人は現実にいっぱいいますけどね。
あと、釘谷のチームは一匹狼タイプの選手が集まっているという設定ですけど、集団でワーワーやるのがキライという子は実際にいるんです。生活面まで、やいのやいの言われたくない子とか。監督同様、選手も一律ではないので、なかには「バッティングしかやりたくない!」なんていう子もいる。で、そういう子は守備練習しないチームにいくんですよ。練習は打って終わり、みたいなところに。
──なるほど。
三田 『砂の栄冠』という作品は、「高校野球の現状を知ること」を楽しみにしている読者も多いので、なるべく実態に即したリアルなチームを登場させたいと思いながら描いています。
──名作『クロカン』についても質問させてください。連載が開始した当時(1996年頃)、高校野球の監督を主人公にしようと思ったきっかけは?
三田 やっぱり高校野球は、監督がゲームをコントロールしているわけです。攻めるときも守るときも。だったら、一番の司令塔である監督を主人公にして、ゲームの流れを読みながら、状況に応じた判断を下す場面を描いていけば、面白い作品になるだろうなと考えました。
そもそも作品の企画自体は、連載開始の何年も前から持っていたんです。だけど、どこの編集部もなかなか「いい」と言ってくれない。理由はだいたい同じで、「監督ってベンチのなかで立ってるだけじゃん」と。動かなければ、マンガにならないというわけです。ただ1誌だけ、「何でもいいから描いてよ」という雑誌があって、企画が通ったんですよ。それが『週刊漫画ゴラク』でした。
──実際に監督を主人公にしてみて、難しかった点はありましたか?
三田 いや……特に難しさは感じませんでしたね。『クロカン』は、ほとんど想像で作っているんですけど、頭のなかで「きっとこうなんだろうな」と思い描くことができた感じです。
──『クロカン』の頃と、現在の高校野球を比較したとき、変わったところはどこだと思いますか?
三田 あの頃は、今よりもっと管理野球が徹底していたイメージですね。『クロカン』を描いていた当時というのは、池田高校の登場によって一斉にパワー野球が流行ったものの、どこもうまくいかなかった後の時代。パワー野球が合わずに脱落していったチームが、投手中心で1点を守る野球にもう1度、戻っていったタイミングなんです。
要するに、「横浜・PL」時代ですよね。まず守りを固め、リズムを作り、攻撃につなげるというオーソドックスな野球をベースに、パワーも加えるという。1球ごとにサインを変え、作戦を駆使し、相手のウラをかくというのが基本でしたから、監督が前面に出て来やすかったんですよ。1998年夏の横浜・松坂大輔とPL学園の延長17回なんかは、象徴的な試合でしたよね。
■三田紀房先生プロフィール
三田紀房(みた・のりふさ)/1958(昭和33)年生まれ、岩手県出身。会社勤めを経て、漫画家デビュー。『クロカン』『甲子園へ行こう!』『スカウト誠四郎』などの野球マンガを手がける。また野球以外でも『ドラゴン桜』など人気作品を多数輩出。現在、週刊ヤングマガジンで『砂の栄冠』を連載中。
■ライタープロフィール
ツクイヨシヒサ/1975年(昭和50)生まれ。野球マンガ評論家。著書に『あだち充は世阿弥である。――秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング勝利の21か条 ―彩珠学院 甲子園までの軌跡―』(小学館)など。『野球太郎No.010 高校野球監督名鑑』では、高校野球マンガに登場する名監督たちをタイプ別に分析した。
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