夏の風物詩はどちらも100歳!野球とコカ・コーラの意外な縁!!
100年目の夏を迎える。
8月6日から甲子園球場で開催される第97回全国高校野球選手権大会の出場49校を決める地方大会が、沖縄と北海道を皮切りに開幕した。
今年は1915年に大会が始まってから創設100周年となるメモリアルイヤー。すでに各メディアを中心に「100周年」にまつわる様々な特集が組まれており、今後さらに増えていくはずだ。
そんな中、「お、これも100周年か」というプロモーションを行っているのが「コカ・コーラ」だ。2015年はコカ・コーラの象徴ともいえるガラス製ボトルが誕生してからちょうど100周年(※2015年11月16日で100歳)。高校野球同様、様々なプロモーションで市場を盛り上げている。
高校野球とコカ・コーラ。日本の夏の風物詩であるこの2つがともに100周年を迎える、という点に不思議な縁を感じてしまう。そして「野球とコカ・コーラ」という視点に広げると、さらなる縁で結ばれていることがわかってくる。というのも、野球のおかげで日本にコカ・コーラが伝来したからだ。
1949年11月のこと。第二次世界大戦の影響で開催が断たれていた日米野球が16年ぶりに再開され、3Aのサンフランシスコ・シールズが「アメリカ代表」として来日した。
日本各地でシールズ対全日本の試合が計6試合行われ、全ての試合が超満員となる盛況ぶり。そして、このとき、各地の球場で人気を博したのが、日本初登場のコカ・コーラだった。1949年11月24日付読売新聞には、日米野球の描写とともにコカ・コーラと遭遇した日本人の盛り上がりについてもレポートしている。
《シールズ対日本戦はまたとない野球日和の快晴に恵まれ、前夜から約100名が球場付近に徹夜し午前4時45分の阪神電車は満員の盛況、同6時半の開門時間には1万人近い人が列を作り9時には内・外野は満員、評判のコカ・コーラは午前中に約5万本を売った》
(※氏田秀男著『その時、プロ野球が動いた』から、読売新聞の記述部分)
ちなみに、この日米野球ではホットドッグも日本初登場。アメリカ文化の象徴である「ベースボール」「コーラ」「ホットドッグ」の3点セットは、日本でもバツグンの相性を誇り、その人気は今日まで変わらず続いている。
さて、野球とコカ・コーラの関係性でいえば、毎年夏の恒例番組『熱闘甲子園』も外せない。高校野球熱が最高潮に達した1980年代後半からはコカ・コーラ社が1社提供。最近は、スポーツ飲料のアクエリアスのブランドを全面に打ち出し、「アクエリアス サマースペシャル」と題しているが、それでもコカ・コーラ社の1社提供は変わっていない。やはり、野球とコカ・コーラの相性はバツグンだ。
今年のキャスターには古田敦也氏(元ヤクルト)の登板が先日発表された。100周年の夏にどんなドラマを紡いでくれるのか? コーラ片手に見守りたい。