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阪急の4番バッターを作った“スペンサー・メモ”

 雑誌『野球太郎』の連載でも御馴染み「伝説のプロ野球選手に会いに行く」の「週刊版」。現在、文庫版“伝プロ”も絶賛発売中!


 パ・リーグに指名打者制が導入された1975年。当然ながら、各チームの開幕スタメンに初めてDHが置かれたわけですが、今にして振り返ると、意外なのは阪急(現オリックス)です。

 前年、1974年のオールスター第1戦で阪急の高井保弘が放った、球宴史上唯一の代打逆転サヨナラ本塁打。この一打がきっかけのひとつになり、「高井は代打ではもったいない」という識者の意見も出たなか、パ・リーグは指名打者制の導入を決めました。

 その伝でいけば、記念すべき阪急初のDHは高井、と考えるのが普通でしょう。ところが、高井は3番・ファースト(記録上は、偵察メンバーの米田哲也の代打で出場)。DHは4番、[ミスターブレーブス]と呼ばれた長池徳二でした。

 長池は徳島の撫養高(現鳴門第一高)から法政大を経て、1965年の第1回ドラフト1位で阪急に入団。1年目から1軍で出番を得て、2年目には27本塁打をマークすると、4年目の69年には本塁打と打点の二冠を獲得しています。

 実働14年間で通算338本塁打、969打点、1390安打の実績。本塁打王3回、打点王3回に加え、パ・リーグ記録の32試合連続安打も達成。リーグ優勝5回の阪急第一次黄金時代を支えた大打者に会いに行ったのは、2011年6月のことです。

 きっかけはその年の5月、オリックスが企画した球団回顧イベント。前身球団の阪急のユニフォームが復刻され、選手たちが着用してプレーする姿を見ていて、ただただ懐かしくなりました。

 僕にとっての阪急は、小学生の頃、日本シリーズで広島、巨人を倒して3連覇した強いチーム。その記憶が「動く阪急のユニフォーム」を見ていたらよみがえって、阪急を特集したムックを衝動買いすると、記事中、左肩にあごをのせる長池さん独特の構えの写真が――。

 子どもの頃、野球仲間とその構えをモノマネした記憶が呼び覚まされたのですが、考えてみれば、長池さんがどういうバッターだったのか、ほとんど何も知らない。阪急の本拠地・兵庫から遠く離れた東北に住んでいたので、実物はもとより映像でもあまり見たことがない。そんなことに気づかされつつ興味を持って、インタビューを申し込んだのでした。

 長池さんの球歴を紹介する文献には、必ず、こういう言葉が載っています。

<僕は作られた4番バッターなんです。青田昇によって>

 青田昇は、当時、西本幸雄監督が率いる阪急のヘッド兼バッティングコーチ。現役時代には巨人、阪急、大洋で活躍し、首位打者1回、本塁打王5回、打点王2回獲得した強打者。

 4番候補の新人・長池を育てるべく、西本監督は、青田コーチとともに打撃指導を施していったのでした。

「最初、2月のキャンプのとき、西本さんと青田さんが教えてくれるわけですけど、当然、二人から教えられると言葉遣いも違うし、教えるポイントも違う。同じ内容を言っても表現の仕方が違うっていうこと、よくあるじゃないですか?」

 プロ1年目の思い出を語りながら、長池さんは僕に同意を求めました。実際、野球人の方にはこれまで、複数の指導者に教えられたときの苦労話は数多く聞いています。そのことを伝えると、「そうでしょう?」と言って続けました。

「僕はもう大学から入ったばっかりで、頭ん中、空っぽの状態で聞いているのに、こんがらがってきてわからなくなるんです。だから僕、二人から言われたらわからんから、どちらか一人にしてくれ』って西本さんに言ったんですよ」

 大学出といえども、新人が監督に意見するなんて、なかなかできないことです。それでも長池さんにすれば、「わからんから言ったんですけどね」と、特に新人だからどうこうとは思っていなかったようです。どんな立場であれ、わからないことをわからないままにしないのは当たり前では? と言われている気がして、いま現在の表情や口調が穏やかなのとは裏腹、固い信念と芯の強さを感じました。

 結局、西本監督は、新人・長池への打撃指導を青田コーチに一任。とはいえ、決してマンツーマンで教えるのではなく、ただ見本を見せられて、教えの言葉も一言でおしまい。長池さんの弱点だったインコースの克服も、「ボールの内っかわから自分の手を出せ」の一言だけ。それでも、自身の努力と周りからの助けもあって、逆にインコースが得意になったのだそうです。

「青田さんはゼロから1、2、3、4、5と教えてくれないんです。いきなり10から始まって、9、8と…。終点から先に来るんです。だから、僕をスカウトしてくれた球団の方に説明を受けて、そこで初めて青田さんが言う意味がわかったり。ただ、青田さんの一言によって、僕が成功したのは確かで、やっぱり『作られた4番バッター』なんですよ」

 初めて長池さんが4番を打ったのは、1年目、66年の9月半ば。翌年は開幕から4番に座りました。

「数字を残せて、まあまあ、自信はできましたね。それと、スペンサーからいろいろ盗むところ、教わるところもありね。彼が3番にいたというのが、かなり僕を楽にしてくれて、助けてくれて、育ててくれましたねえ。だから、僕が4番の座を守ることができたのはスペンサーがいたからです。“スペンサー・メモ”を盗み見して、そこから僕なりにアレンジして、ずいぶん役立ちました」

 相手投手のクセを盗んでノートに書き留めた“スペンサー・メモ”のことは、前回まで登場した高井さんにも聞いていたことです。「チーム内でほかに、クセを盗んで書いている人はいたんですか?」という問いに、高井さんはこう答えていました。

「長池がやりよったね。長池が書いてたかな。ちょうどおんなじときぐらいに。それで『見せ合いっこしよう』と言われたけど、ふふ、『見る目線が違うから、見てもあかん』言うて。こっちも教えるのは嫌やったから。ははは」

 この話を長池さんにしてみたところ、「ああ、高井はそのときはまだあまり1軍で出てませんでしたけどね。僕が高井に教えたこともあったし、ほかの選手にも教えました」

 ファームから這い上がって[代打男]としてスタートした高井さんと、当初から4番として期待された長池さんとの、立場的な違いが感じられる両者の話。スペンサーという助っ人の能力に注目した点は共通していながら、高井さんは「教えるのは嫌」で、長池さんは「他の選手にも教えました」と言うのですから。

 僕はあらためて、“スペンサー・メモ”のことを長池さんに訊いてみました。

「スペンサーが3番で、僕が4番でしょ? よく、スペンサーのところでピッチャーが代わるんです。そうするとスペンサーはピューッとベンチに帰って、ベンチの隅の窓のところにポンと置いてある小さなノートをパーッと見て、また行くわけです」

 ノートが気になった長池さんは、打順が回ってこない次の回にさりげなく見ると、当然、全部が英語。通訳を読んで解読してもらいました。

「そのときの相手のピッチャー、東映フライヤーズの尾崎行雄。<ボールが白く見えたらカーブ、見えなかったらストレート>って書いてある。すごいですよ。それを5球団のピッチャー、全部、書いてある。パッと見てると、なるほどなあ、そうか、そういうことかと。僕も真似して書くようになって。最後は僕がもう、スペンサーに教える立場になってましたけど」

 単に助っ人のスペンサーがすごい、と称えるだけでなく、最終的には、クセ盗みを自分ものにして逆に教えたという痛快さ。高井さんの項でも書いたことですが、僕はそのとき、クセ盗みは技術の一環なのだと思い知らされました。技術だから教えられるのだと。

「うちのチームのみんなに教えても、『そんなとこ見てたらタイミングとれない』っていう者もいる。でも僕はこう返しました。『練習のときからクセを盗む気持ちでやったらいけるやろ? それはおまえ、試合だけじゃダメだぜ』って。それで打った選手もおりましたよ」

 練習のときからクセを盗む、という話は、高井さんが、阪急投手陣のクセも「一応、書いておいた」という話とつながります。

「フリーバッティングのときから、ピッチャーの個性を見ながらやりなさいと。だから、『カーブを』って、自分で要求したときの手の位置が、普通のバッティングピッチャーも違うなあっていうのを探さないとダメだと。相手のピッチャー探すんだったら、うちのピッチャーも探せ。探しながらバッティングやれ、ってね、教えてましたよ」


▲話の熱が高まり、思わず打撃の構えをとる長池さん(2011年)。高校時代はエースで4番で主将、1961年のセンバツ甲子園出場時には選手宣誓を経験した。

(次回につづく)


<編集部よりお知らせ>
 facebookページ『伝説のプロ野球選手に会いに行く』を開設しました。プロ野球の歴史に興味のある方、復刻ユニフォームを見ていろいろ感じている方、ぜひ見ていただきたいです。

文=高橋安幸(たかはし・やすゆき)/1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。雑誌編集者を経て、野球をメインに仕事するフリーライター。98年より昭和時代の名選手取材を続け、50名近い偉人たちに面会し、記事を執筆してきた。昨年11月には増補改訂版『伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)を刊行。『野球太郎No.005 2013夏の高校野球大特集号』では『伝説のプロ野球選手に会いに行く』の番外編として、「伝説の高校球児」バンビこと坂本佳一氏(東邦高)のインタビューを掲載している。
ツイッターで取材後記などを発信中。アカウント@yasuyuki_taka

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