「ムエンゴ」〜呪われた病・ムエンゴを弔う特効薬とは〜/第1話
2014/5/13
今回より、週刊野球太郎で不定期連載開始となりました『野球小太郎に訊け!〜「呪い博士」編』です。妙なキャラが野球についておしゃべりしています。どうぞ、よろしく。まずは、だらだらとスタート。
プロ野球の呪いに生きながら葬られた男・呪い博士。
愛読書は『別冊野球太郎 プロ野球[呪い]のハンドブック』。
今日もページを繰りながら「祓われる日」を待ち望んでいる。
1カ月ほど前に行われた『野球太郎』主催の「プロ野球の呪い」に関するトークライブの客席でも、藁をもすがる思いで人生の見晴らしをよくするヒントを探していたという……。
【登場人物】
呪い博士
プロ野球の呪いに葬られそうな老博士。ツキのない人生で「ツーランスクイズ」を狙う。
野球小太郎
甲子園を目指すやんちゃな中学生男子。口は悪いが真っ直ぐな性根を持つ熱血漢。
さっちん
小太郎の幼なじみのチアフル女子中学生。小太郎の夢が叶うよういつも応援している。
有賀等(ありがひとし)
モットーは「ありがとう!」。小太郎の近所に住む「ありがとう運動」推進おじさん。
* * *
呪い博士 ムエンゴ…嗚呼。ムエンゴ……。
野球小太郎 マタンゴ??(※注1)
さっちん それ、円谷さんが特撮した第三の生物よ。
呪い博士 振り返ればワシの人生はいつだってムエンゴじゃった。
さっちん 今日も十字砲火のただ中で孤立無援ね♪
野球小太郎 くよくよすんなよ! 『呪いのハンドブック』がついてるぞ!!
さっちん その本って、プロ野球の呪われてるとしかいいようのない記録や現象が書かれてるのよね。
呪い博士 野球ってのは失敗を繰り返すスポーツじゃからな。
さっちん 天才・イチローでも6割以上凡打だもん。
野球小太郎 ほとんどのランナーもホームには還ってこねえしな。
呪い博士 しかし、ワシらは呪いを、そんなネガティブを超えて進まなけりゃあいかん。
さっちん そのために呪われた記録を紐解いて明日への一歩を見つけ出すってこと?
呪い博士 ああ。まるで重き荷を背負って歩く人生のようじゃ。
野球小太郎 八甲田雪中行軍だぜ!
さっちん 生きるって切ないわ……。
野球小太郎 で、人生の見晴らしはよくなったのかよ?
呪い博士 もう少し……。でもワシに残された時間はいかばかりか……。
野球小太郎 だったら生きてるうちにホームラン打とうぜ!
さっちん ね。私たちは若者だもん!
呪い博士 嗚呼。無援仏がワシを手招きしておるわい……。
■「敗北」に至る病・ムエンゴ
有賀等 よお。差し入れたゴムマリはどうだい?
野球小太郎 バッチリ握ってるぜ。
さっちん ゴムマリ?
有賀等 エースたるもの、握力をつけるにはゴムマリを握り続けるべし!
野球小太郎 水島新司先生が言ってることだから間違いねえ。
呪い博士 おおドカベン。横浜学院、土門剛介(※注2)のエピソードか。
野球小太郎 リハビリに耐える土門はゴムマリを握り続けた……。
有賀等 破裂させるほどにやるせなさと激情を押さえつけてな(泣)。
野球小太郎 カーッ! 燃えたね!!
さっちん さ、話を戻そう。呪い博士、ムエンゴって何?
呪い博士 お前はワシに時間を与えてくれる優しい子じゃのう。
野球小太郎 しみじみしてる暇はねえ。早く言わねえと死んじまうぜ。
呪い博士 ムエンゴとはいくら頑張っても誰も援護してくれん恐ろしい病のことじゃ。
さっちん 無情の世界ね♪
呪い博士 終いには「敗北者」のレッテルを押されてしまうという……。
有賀等 だったら毎朝、お天道さんに向かって「ありがとう! 人生!!」って大きな声で叫んでみるといい。
呪い博士 援護されないのは感謝が足りんからって言いたいのか?
有賀等 世の中はそういうもんだ。
野球小太郎 呪い博士は毎朝何てつぶやいてんだい?
呪い博士 15、16、17とワシの人生暗かった……。
野球小太郎 カーッ。そりゃあムエンゴにかかるわけだぜ!
呪い博士 死ぬまでに一度ツーランスクイズをキメたいのう……。
■俺のせい!? 誰のせい!?〜プロ野球界にまんえんするムエンゴを断ち切るには?
呪い博士 プロ野球の世界でも、投手の間でムエンゴの病がまんえんしておる。
さっちん ばっちり投げても、ちっともバッターが点を取ってくれないってことね。
呪い博士 そうじゃ。昨年は澤村、スタンリッジ、三浦、藤波、金子……みんなムエンゴの病にヤラレてしまった。
野球小太郎 澤村、どこいっちまったんだ!
●2013年NPB:援護率ワーストランキング
1位 澤村拓一(巨人) 2.94
2位 スタンリッジ(阪神) 3.02
3位 三浦大輔(DeNA) 3.07
4位 藤浪晋太郎(阪神) 3.32
5位 金子千尋(オリックス)3.34
※援護点は登板中の見方による得点
※投球回数100イニング以上の投手を対象
このデータは『別冊野球太郎2014球春号〜プロ野球[呪い]のハンドブック』より抜粋しました。
さっちん これがマウンドで無情を噛みしめたメンツってわけね♪
呪い博士 例えば、巨人のここ3年の平均援護率は3.23、4.26、4.19……。
野球小太郎 で、澤村がマウンドに立つとさっぱり打たないと。
呪い博士 澤村が投げると平均で2.93、3.78、2.94しか取れんのじゃ。
有賀等 昨年をみると普段は4点以上取ってる打線が2、3点しか取ってない。
野球小太郎 それで原監督に怒られちゃうんだから弱り目に祟り目だぜ。
呪い博士 スタンリッジに至っては、おととしも無援護率ワースト1位。2年連続で防御率2点台ながら大きく負け越しときておる。
さっちん 今日も鳥谷は帰ってこないわ♪
有賀等 連中は「ありがとう! 野球!!」って叫びながらグラウンドに入るべきだな。
野球小太郎 そんなことで解決するのかよ。
有賀等 ああ。大切なのは「ありがとう」の心の連鎖さ。
呪い博士 ありがとう……。
さっちん 博士、弱ってる♪
有賀等 ただし井上陽水(※注3)&奥田民生(※注4)みたいな「あ〜りぃがと〜」(※注5)ではダメだ。あの言い方には感謝がこもってないだろう。
さっちん 怒られますよ〜。
有賀等 それでもダメなら「ここではないどこか」で脱出するしかない。
さっちん ソフトバンクに移籍したスタンリッジみたいにね♪
呪い博士 ブレイク・オン・スルー・トゥ・ジ・アザーサイド……。
有賀等 小耳に挟んだ話だと、キャンプ中にスタンリッジはハードロックカフェのハンバーガーを「ありがとう!」ってスタッフに差し入れたらしいな。
さっちん それはウルフの話よ♪
呪い博士 ソフトバンクは平均得点4.99で昨年の援護率ナンバー1チーム。
野球小太郎 それでもスタンリッジはやっとこさの初勝利だったぜ。
呪い博士 ムエンゴはそれだけ手強い病ってことじゃ。
野球小太郎 うーん……。
さっちん どうしたの? ゴムマリ握りしめて。
野球小太郎 いや、自慢の剛球を受け止められるキャッチャーがいなかった土門も、形は違えどムエンゴに耐えてたのかなぁって。
呪い博士 嗚呼、男・土門剛介。力をセーブして投げざるをえなかった……。
有賀等 しかし、土門には謙虚と感謝の男、拝啓・谷津吾朗(※注6)が現れた。
呪い博士 よくも谷津は土門の剛球を受け止めるたくましい男に育ったもんじゃ。
野球小太郎 カーッ! 燃えるぜ!!
さっちん 今度「ありがとう」って書いたゴムマリを澤村さんに差し入れとこうかな♪
* * *
【解説】
◎ムエンゴ(無援護)
「ムエンゴ(無援護)」とは、某巨大掲示板の野球実況スレッドから発生し、定着した新しい野球用語。好投しても味方打線の援護がなく、勝ち投手になれないことを指す。2013年にこのムエンゴの病にかかった投手は澤村拓一(巨人)、スタンリッジ(阪神/現ソフトバンク)、三浦大輔(DeNA)、藤波晋太郎(阪神)、金子千尋(オリックス)となっている。
※注1/マタンゴ…東宝が制作し、1963年に公開された特撮ホラー映画『マタンゴ』に登場する第三の生物。本作は、監督を『ゴジラ』の本多猪四郎、特殊技術監督を円谷英二が務め、原案を星新一が手掛けたカルト映画としてSF、特撮、ホラー映画ファンの間で知られている。
※注2/土門剛介…1972年から続く大河野球漫画『ドカベン』に登場する横浜学院の豪腕投手。主人公の山田太郎と同じニックネーム(「ドカベン」)と、ゴムマリを破裂させる握力の持ち主。交通事故で再起不能といわれる重傷を負うが2年の秋より復活。山田太郎のライバルとして明訓高校と激戦を繰り広げた。
※注3/井上陽水…アンドレ・カンドレ時代を経て、1972年に井上陽水として再デビュー。1973年の3rdアルバム『氷の世界』は100万枚を超える大ヒットとなり、日本音楽史上初のミリオンセラーアルバムに輝く。代表曲は「傘がない」、「夢の中へ」、「リバーサイドホテル」、「いっそセレナーデ」、「最後のニュース」、「少年時代」など多数。
※注4/奥田民生…1987年にユニコーンのボーカルとしてデビュー。1980年代後半のバンドブームを牽引。1994年からソロ活動を始め、現在も活躍中。広島市民球場でライブを行うなど、大の広島カープファンとしても有名。代表曲は「愛のために」、「息子」、「イージュー★ライダー」「さすらい」、「マシマロ」など多数。
※注5/「ありがとう」…井上陽水と奥田民生によるユニット「井上陽水奥田民生」が1997年にリリースしたシングル。ビールのCMソングとしてもお茶の間を賑わせた。このコンビが他のアーティストに提供した楽曲にはPUFFYの「アジアの純真」、「渚にまつわるエトセトラ」、小泉今日子の「月ひとしずく」などがある。
※注6/谷津五郎…野球漫画『ドカベン』に登場する横浜学院の捕手。捕手の手が壊れてしまうため横浜学院のエース・土門剛介は「超剛球」を封印していたが、谷津五朗が「超剛球」を腹で受け止めることでその問題を解決。本来の力を開放した土門と谷津のバッテリーは、主人公・山田太郎率いる明訓高校をあと一歩まで追いつめた。
■ライター・プロフィール
山本貴政/1972年3月2日生まれ。音楽、出版、カルチャー、ファッション系の執筆・編集・企画・ディレクションを幅広く手掛けている。また音楽レーベルのディレクターとしても60タイトルほど制作。同じ誕生日にはルー・リードやゴルバチョフがいる。最近編集を手掛けた書籍は『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』、編集・執筆を手掛けたフリーペーパーは『Shibuya CLUB QUATTRO 25th Anniversary』など。
■イラスト
清水はるか/元高校球児のイラストレーター。『週刊野球太郎』で
「清水はるかのイラストで知る野球のことば」 を連載中。