第11回■800号を打ったもう一人の男(著者 ウィリアムス・ブラッシュラー)
ここ2週は比較的新しい野球本を紹介してきましたが、今週は正真正銘の野球古本、しかも硬派モノを紹介します。発刊されたのは1979年(昭和54年)、前年に王貞治が800号ホームランを打った影響もあって、このタイトルになったと思われます。タイトルにある800号を打ったもう一人の男の名は、「黒い
ベーブ・ルース」の異名をとった
ジョシュ・ギブソンであります。彼の生い立ちから、その類い稀な長打力を武器に
ニグロ・リーグで大活躍した選手時代、それから一転して酒と女に溺れて35歳の若さで波乱の人生を閉じた激動の野球人生について余すところなく書かれた一冊です。
まずは読者の皆さん、ニグロ・リーグについて知っていますか? 第二次世界大戦直後まで、全ての黒人選手は大リーグ、マイナーリーグを問わず、アメリカの人種差別問題により、プロ野球界から閉め出されておりました。大リーグに入団を認められない黒人選手で結成されたニグロ・リーグですが、観客は黒人よりもむしろ白人のほうが多かったそう。特に地元に大リーグ球団のない都市ほどその傾向は高く、下手な大リーグよりもずっと観るに値することを観客は知っていたようです。さすが野球大国アメリカですな。ちなみに黒人選手で、大リーガーとして活躍した第一号が
ジャッキー・ロビンソンであるということは、読者の皆さんなら知っているでしょう。ロビンソンは大リーグ入りしたその年に新人王を、翌年には首位打者で最優秀選手賞を獲得しますが、彼が大リーグ入りする前に所属していたのはニグロ・リーグ。つまりニグロ・リーグでプレーしていた選手が大リーグ入りして新人王に輝くということは、ニグロ・リーグのレベルは高かった、大リーグと遜色ない、ということになります。
そのハイレベルなニグロ・リーグで本塁打を量産していたのがジョシュ・ギブソン。ピッツバーグの「クローフォード・ジャイアンツ」に18歳で入団した彼は身長188センチ、体重は約90キロと、今でいうムッチリ体型の大型捕手でした。その驚異の長打力はピッツバーグの球場で打った特大ホームランが翌日、フィラデルフィアの球場に落ちてきた、という伝説もあり、他にも推定飛距離580フィート(約175メートル)の特大本塁打をカッ飛ばしたなど、数々の伝説を残しています。
しかしながら、物語はサクセスストーリーのままでは終わりません。30歳を過ぎてからは中南米のリーグに出場するなど、いわゆる「出稼ぎ」に向かい、そこで酒に溺れます。大好物だったアイスクリームよりも、試合後にはビールをあおるようになり、体重増で次第にケガに悩まされるようになります。そして35歳の若さで酒の飲み過ぎによる脳卒中で他界。一説によると、前述したジャッキー・ロビンソンが自分よりも先に黒人初の大リーガーになったことにショックを受けて酒浸りになったという話もあります。
実はこのニグロ・リーグ、プレーのレベルは大リーグと遜色なかったようですが、組織としてはかなり悲惨な状況だったようです。リーグをまとめるスタッフも怪しい興行師の集まりだったようで、選手への待遇面や給料体系なども不明瞭で問題は山積み。公式記録も残っておらず、当時の黒人向けの新聞や個人所有の切り抜きや記録帳をつなぎ合わせてやっと、その記録が見えてくるのです。この本はそういった丹念な取材を重ねて書き上げられた、当時のニグロ・リーグを知ることが出来る貴重な野球古本でもあります。
球場の照明設備やグラウンド状態、さらにはバットとボールも粗末なモノだったのでは…と想像に難くありませんが、そんな状況で本塁打を量産したギブソンは、いずれにせよ稀代の長距離打者だったことは間違いないでしょう。タイトルには本塁打800本と書かれていますが、実は960本打った、という噂もあるとのこと。その活躍が認められてギブソンは没後25年経った1972年にアメリカ野球殿堂入りも果たしています。歴史や時空を超えたホームラン・アーチストの生き様はもちろんですが、他にも個性的な選手がズラリと揃ったニグロ・リーグについても詳しく知ることが出来る貴重な一冊は是非、ビブリオでお求めください!
※次回更新は1月7日(月)になります。
■プロフィール
小野祥之(おの・よしゆき)/プロ・アマ問わず野球界にて知る人ぞ知る、野球本の品揃え日本一の古本屋「ビブリオ」の店主。東京・神保町でお店を切り盛りしつつ、仕事で日本各地を飛び回る傍ら、趣味はボーリング。と、まだまだ謎は多い。
文=鈴木雷人(すずき・らいと)/会社勤めの傍ら、大好きな野球を中心とした雑食系物書きとして活動中。自他共に認める「太鼓持ちライター」であり、千葉ロッテファンでもある。
■お店紹介
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