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file#009 長野久義(外野手・巨人)の場合

◎打てなそうで打てる稀有な選手・長野久義(巨人)

 足と守備に長けている。だが、打撃はややオーバースイングで、ツボにハマるとデカいが、内に入ってくるボール、特に左投手のクロスには極端に脆い──。
 これが日本大、Hondaを通して私が抱いていた長野久義(巨人)の印象である。東都大学リーグで首位打者2度、プロ入り後も2年目の2011年に首位打者を獲得した功績がありながら、今だにそのイメージを変えることができないでいる。
 もちろん、素晴らしい実績にケチをつける気持ちなどさらさら無い。しかし、長野の打撃が大学時代からそう大きく変わっただろうか? 「否」であるなら、なぜあれだけの数字を残せるのか? そんな疑問が常に私の頭の中で浮沈していた。

◎最初に見たのは日本大下級生の頃

 私が初めて長野を見たのは、彼が日本大1年の頃の東都大学リーグ戦である。「ながの」ではなく「ちょうの」と読む苗字が珍しかったので、覚えるのは早かった。しかし、そのプレーぶりが記憶に残っているのは05年頃、彼が外野に転向し、4番打者としてスタメンのラインナップに名を連ねるようになってからのことだった。
 長野の打撃は当時から積極的だった。そして、懐が大変広く、バットの軌道半径が大きいのは他の選手にない長所である。外めのコースは少々ボール球でも腕を伸ばせばバットが届く。もし、投球がしっかりコースに決まっていれば、空振りか、ボールの上っ面を叩いてゴロのファウルになるだろうが、逆に少しでも甘く入ればその遠心力の利いたスイングで確実に安打にしていた。
 また、長野は走塁についても、他の選手より一歩秀でていた。ひとたび出塁すれば、獲物を追う獣のようなオーラを放ち、常に先の塁を狙う。外野守備も素晴らしく、強肩のうえ、打球に対するチャージがすごい。別の選手が落下点に入って来ようものなら、その野手を押し出してしまうような勢いで打球に迫る。これもまた、獲物を狙う野獣のようであった。
 ただ、大学時代の長野は、今と比べるともう少し小ぶりに見えた感がある。それは、特徴的だった大きなスイングのインパクトが強過ぎたこと無関係ではなかったように思う。東都で首位打者2度獲得という事実がありながらも、「コツコツヒットを積み上げる」という印象がないのもそのためだろう。スイングが大きい分、振っている主は相対的に小さく見えたというのもある。それが直接の原因ではないとは思うが、当時の長野は身体能力の高さは評価されていたものの、ドラフト筆頭格の仲間入りはできなかった。06年の大学生・社会人ドラフトでは、日本ハムから4位指名を受けたが、巨人入りを希望してこれを拒否、社会人のHondaに進んでいる。



◎左投手の厳しい内角攻めに打撃を狂わされた社会人時代

 社会人野球の世界においても、即、大学時代と同じパフォーマンスを見せた長野は、名門・Hondaで1年目からレギュラーとなり活躍した。守備、走塁については、すでにプロと比較しても遜色ないレベルだったと言えるだろう。
 ただ、打撃については、経験豊富な社会人投手の猛者どもに苦しめられた感がある。特にJR東日本の技巧派左腕・斎藤貴志は打ちあぐんだ。斎藤のストレートは130キロに達しないことも多かったが、コントロールが抜群で、ホームベースから離れて立つ長野に対し、ストレートか足首レベルに高さを抑えたスライダーで思い切って内角を攻めていた。ストライクコースやそれを外れている程度のコースであれば、離れて立つ長野が打てないことはないだろう。だが、斎藤は絶妙なコントロールでさらに厳しい体に近いコースに投げたのである。本来であれば、それは見逃せばボールなのだが、体に近いコースに本能で反応すると手を出してしまう。それがファウルなれば斎藤にとってはしめたもの。カウント稼ぎとインコースへの意識付けを同時に行えたことになる。となれば、もう1球内角の厳しいところに投げて2ストライク目がとれればなおいいし、逆に外角のストライクからボールになるコースへシュート気味に投げると、外のボールは多少離れていても手を出すクセのある長野は飛びつくようにバットを出してしまう。だが、最初の内角で体を起こされた体では、踏み込んでまともにとらえることはできない。最後は、その同じ外角のさらにボールコースに引っかかって手を出すか、逆にインコースのストライクコースにクロスでズバッと決められ、ピクリとも動けず見逃し三振となるというのが鉄板だった。
 おそらく、この頃の打ち取られ方があまりにも脆かったために、長野の打撃を過小評価してしまうのだと思う。私だけにあらず、「長野は内角に弱い」という評価は結構聞く。だから、今対戦しているプロの左投手を見ると、どうにもインコースのツッコミが甘い気がしてならない。インサイドへの突っ込みが甘ければ、長野は懐を意識をせず思い切ってバットを振れる。相手投手が攻めきれずに甘くなったボールをとらえれば長打になるし、厳しくても思いきり振った結果、ゴロが三遊間を抜けたり、フラフラっと上がった打球が落ちてヒットになることもあるだろう。だが、勝負どころの打席でインコースをものの見事に“さばいた”という話は、プロ入り後も聞いたことが無い。
 ひょっとすると、この考え方は先入観が強すぎるかもしれないが、それでも私はずっとこの思いが拭えずにいた。


◎失投を逃さずとらえる打撃を極めよ!

 そして、この秋、巨人対日本ハムで行われた日本シリーズ。巨人は4勝2敗で日本ハムを下して日本一となったのだが、長野は不動の1番打者として好守に結果を残して十分貢献した。しかし、私はまた見てしまったのである。
 特に私が注目していたのは、斎藤に近いタイプである左の技巧派・武田勝との対戦である。2度に渡って実現したこの勝負は、第2戦がライトへの本塁打、ライトフライ、見逃し三振、そして最終第6戦がセンター前ヒットにレフトへの本塁打。合わせて5打数3安打2本塁打と打ち込んでいる。
 だが、結果から言うと、長野の打撃はまったく変わっていなかった。第2戦の第3打席で見逃し三振を喫したときの配球は、内角スライダー見逃しストライク、内角ボールとなるストレートをファウル、そして外を意識しているところにズバッと内角ストレートで手が出ず三球三振。まさに手玉に取られた格好である。2本の本塁打は狙ったコースよりも真ん中寄りに甘く入ったものをとらえた結果であり、もう1本打ったヒットは外角のストライクコースに腕を伸ばして届いた打球がフワッと上がって運良く二遊間を抜いたものである。
 とはいえ、よくよく考えると、長野の打撃は変わらずとも、事実として素晴らしい結果を残しているのだから、それはそれで何も問題はない。日本ハムのバッテリーが内角を攻めたように、おそらくセ・リーグの各球団もデータ上は長野の攻略法を明確につかんでいるはずだが、右打者の懐に厳しく攻められる左投手など、日本のプロ野球にどれだけいるだろう? むしろ、失投を逃さずとらえる長野の能力をもっと評価すべきであった。

 この考えに至ったことにより、私は長年の呪縛から開放された想いがした。そのプレーぶりを知っているがゆえに陥った、“先入観”という悪しき呪縛のことである。プロ入り前の姿を知っていることはいつもプラスとは限らない──。そのことを長野を通じて知ることができた。今までの取材等で、彼と顔を合わせたことなどまったくないが、心の中でこれまでの非礼を詫びるとともに、今後のさらなる活躍に期待してエールを送りたい。
 ま、オレがゴチャゴチャ言おうが言うまいが、来年以降も活躍するだろうが…。


文=キビタキビオ/野球のプレーをストップウオッチで測る記事を野球雑誌にて連載つつ編集担当としても活躍。2012年4月からはフリーランスに。現在は『野球太郎』を軸足に活躍中。

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