◆この連載は、高校時代を“女子球児”として過ごした筆者の視点から、当時の野球部生活を振り返るコーナーです。
合宿を終え、戻ってきた学校のグラウンド。またこの場所での練習が続いていく。夏休みは本当に野球漬けの日々で、日焼けの度合いがそれを表していた。
この合宿の中に、私にとって印象的な出来事があった。2チームに分かれて行った紅白戦で、後輩部員からヒットを打ったのだ。自分でも驚くぐらいに鮮やかなセンター返しで、今でもその情景を思い浮かべることができる。
普段のバッティング練習では最後に打たせてもらっていた私。非力ながらも、継続することでミートの技術が上達したのかもしれない。毎日の練習の成果が出たことが何よりも嬉しくて、顧問へ提出する日誌に喜びの言葉を綴った。
チーム内での紅白戦こそオーダーに入れてもらっていた私だが、もちろん公式の試合には参加することができない。女子選手の出場は連盟の規定によって禁じられている。もちろん、それを知った上で野球部へ入ったし、ただボールに触れるだけで満足していた。
だからといって、全く実戦に関わらないまま球児生活を終えるのは寂しいもの。やはり“試合の空気”というものを体感してみたい。
母校のグラウンドでは試合ができないため、週末は遠征の連続だった。マネージャーが対外試合を申し込み、予定を組んでくれる。皆で電車を乗り継ぎ、重い荷物を持って他校へ向かった。
女子部員にとっての唯一のチャンスはこの練習試合。公式戦でなければ出場の資格は与えられる。
数えてみればわずかなものだが、私は何度か代打での出場を果たした。ヒットこそ打てなかったが、一度だけ失策による出塁を味わうことができた。
出番はたいてい、終盤に差し掛かる6、7回にやってくる。仲間たちの戦いぶりを見ているところに声を掛けられ、準備を指示される。そこから急な緊張が体を包んだ。
正直なところ、本番に強いタイプではない。注目されるのも苦手だし、できれば端で傍観していたい性格。それが、皆の視線を一身に受けて打席に立つ。ほんの少し、憂鬱でもあった。
何よりも嫌だったのは“女子であること”がバレること。キャッチボールのためにグラウンドを歩いていると、少し離れたところから相手選手がこちらを見てくる。そして傍らのチームメイトにささやく。
「あいつ、女だ」
せっかく憧れの“男の子”になりきっていたのに、途端に現実へ引き戻される。ユニフォームに身を包み、帽子を目深にかぶっているのにも関わらず、体格で違いがわかってしまう。周囲と同化していたのが一瞬で“異物”になる。それが悔しかった。
極めつけは試合での登場時だった。主審に代打を告げ、それが放送ブースに伝えられる。場内に響くアナウンス。
「バッターは……清水さん」
打席へ入る耳にどよめきが聞こえてくる。好奇の目が向けられているのがわかった。金属バットを構えながら私は願う。
「“さん”で呼ぶのはやめて!」
どうせ、男の子と違うのはわかっている。力だって及ばない。でも、できるだけ皆と同じでいたい。ひとりの選手でいたい。
そんな葛藤を胸に秘めつつ、私の球児生活は進んでいった。