タイトルがまずエラそうなのがイイ。「プロ野球ファンに捧げる豪打一発」というサブタイトルもイカしている。今季限りで楽天のユニホームを脱ぐことになった田淵幸一さんとその周辺にまつわる本、いわゆる「タブチ本」は、野球好きにはもちろん、野球に興味のない人にもオススメしたい野球古本といえる。その理由は、読み進めていくと、自然に老若男女問わず心惹かれる「天衣無縫な性格」に驚かされるに違いないからだ。それにまつわるエピソードの数々もタブチさんの「天然っぽさ」が出ていて実にイイのである。
あの「ガンバレ! タブチくん」の人でしょう? と思ったアナタはタブチさんの奥さんと同じ。本書にも書かれているが、結婚前に知り合った現夫人には初対面で「漫画で見るよりはスマートですね」といわれる始末。昭和56年には新聞の見出しで「田淵、四冠王達成!」と書かれた。何かと思ったら1月に前の奥さんと離婚、5月に今の奥さんと婚約、そして結婚、更には11月には長男誕生…と、普通の人なら4〜5年かかる事柄を1年でやってのけたコトに対する揶揄だった。しかし本人は「今では思い切って四冠王になってよかった」と天然っぽく、アッケラカンと告白している。
もちろん野球に関しても興味深い秘話が盛り沢山。頭部への死球でプロ入りわずか2年目で再起不能説が飛び交い(これがきっかけで、セ・リーグの鈴木龍二会長は危険防止のため耳つきヘルメットの着用を義務付けた)、その死球の際は医学用語でいう「瞬間性健忘症」と立派な名前がついている症状を発症する。球がどこに当たって、どんな痛さで、どうやって病院に担ぎ込まれたか、まるで思い出せない、つまり投球が頭に当たるコンマ何秒か前に失神状態にあったという。そのおかげ? で死球渦に悩まされることなく、長く現役を続けることが出来たと告白しているが、投球が当たる前にビックリして失神するとは何とも「タブチくん」らしいと思ったのは私だけではないだろう。他にも10年間在籍した阪神からトレードに出された時も「新大阪駅でカメラマンが少ないと思った」と言いのけて東京駅に到着。しかしながら向かう先は後楽園球場ではなく、所沢の西武球場というところに哀愁が漂う。そこであの有名な広岡達朗監督の「管理野球」と出会い、「加藤博一とピンクレディーのモノマネをして3日に一度は呑んでいた」と豪放磊落に過ごした阪神時代とは真逆の野球にふれる事になる…と、波瀾万丈な野球人生についても赤裸々に告白している。
かく言う私もタブチさんの活躍は晩年の頃しか覚えていない。当時としては衝撃的なライオンズブルーのユニホームと、近代的な西武球場の鮮やかな人工芝のグリーンは、今でも幼心に強く印象に残っている。そのグリーンに「日本の秋」独特の柔らかい落ち着いたオレンジの西日が差すなかで行われる、秋の風物詩といっても過言ではない「平日」の午後の西武対巨人の日本シリーズで観たタブチさんはカッコよかった。あの大柄なオッサンがノッソリと現れて打席に入り、細くて長いバットを振り抜くと、その打球は滞空時間の長い、ゆったりしたアーチを描いてスタンドイン…そんな豪快で美しいホームランを打つタブチさんの姿は、今でも印象深く胸に焼き付いているのだ。