「本物の走力は記録上、打力の範疇に入りやすい」「ナックルボールは、巨乳の揺れを見るように打つ」《今回の野球格言》
《今回の野球格言》
・本物の走力は記録上、打力の範疇に入りやすい。
・ボールに縫い目には、山の向きが2種類ある。
・ナックルボールは、巨乳の揺れを見るように打つ。
「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
相手チームの走力は、犠打や盗塁の数を目安に判断しがちだが、ソツのない進塁や積極的なリードなど、守備側にプレッシャーを与える走塁は、むしろ得点や打率など打力の数字に表れる。
《寸評》
「東邦はすごい走塁がうまかった。でも、打撃がいいので、あんまり注目されなかった。逆にうちは打撃がないぶん、機動力ばかりが注目された」(※34)とは、“機動破壊”を掲げた健大高崎・葛原毅コーチの言葉。真の実力は数字以外の部分に隠されている。
《作品》
『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ/講談社)第24巻より
《解説》
西浦と千朶による埼玉県秋季大会1回戦。3回表に3点を取って同点とした千朶は、2死一塁で5番・久保が2度目の打席。一塁ランナーは、代走の島亜紀史。
2球目、島がスタート。完璧な二盗に、西浦の捕手・阿部隆也も送球を諦める。さらに3球目。再びスタートを切った島は、三塁まで陥れる。
西浦の監督・百枝まりあは、千朶の走塁意識が想像以上に高いことに驚く。
「犠打と盗塁がそれほど多くないから 機動力にあまり注意しなかったわ 本物の走力ってのは案外 打力のうち(※35)になっちゃうのよね」
場面は代わり2死三塁。カウントは1ボール2ストライク。ここで打者の久保が意表を突くセーフティバントを試みる。が、失敗してセカンドフライ。西浦は逆転のピンチを何とか脱した。
※34・『甲子園の風』(中村計/文藝春秋『Number Web』)より
※35・作中では「打力のうち」に傍点
★球言2
《意味》
ストレートの握りは通常、縫い目が横になるように持ち、中指と人さし指を縫い目の波に合わせる。このとき180度回転させると、縫い目の山が逆になるのだが、気にしていない選手も多い。
《寸評》
縫い目の山が、中指のほうへ向くパターンと、人さし指のほうへ向くパターンの2種類がある。人それぞれの指の長さにもよるが、後者のほうが引っかかりが利きやすいという。手もとに硬式のボールがある人は、ぜひ確かめてみてほしい。
《作品》
『ドリームス』(七三太朗、川三番地/講談社)第29巻より
《解説》
“豪爆打線”の異名を取る神戸翼成と、夏の甲子園1回戦で当たった夢の島。エース・久里武志は4点を取られたものの、4回裏から8連続奪三振。6回裏、9連続奪三振を目指し、4番・生田庸兵と対峙する。
生田は前2打席で連続ホームラン。久里の9連続奪三振か。生田の3打席連続ホームランか。2ストライクからの3球目。投球モーションに入った息子の姿をスタンドで見つめながら、彼の父であり私徳館高校の監督も務める団不二夫が口を開く。
「ヤツは自分で見つけた 私の教えを超えてな……」
少年だった久里が発見したものは、縫い目の向きだった。握りを180度変えると、縫い目の山が正反対の向きになる。
「ヤツはそいつを必ずここで投げる」
怪物同士の記録とプライドをかけた勝負の一球が、いま放たれようとしていた。
★球言3
《意味》
激しく揺れるナックルボールの軌道を「胸の大きなコがとび跳ねているかのよう」に見ることで、自然と目が釘づけになる。最後までボールをよく観察でき、ジャストミートが可能になる。
《寸評》
バッティングを女性との恋愛に置き換えて考えるという、独特の打撃理論を持つ蓬莱豊が関東大会で見せた技術。一見くだらない発想だが、「ボールをよく見ること」は基本中の基本であり、もっとも大事なことでもある。「思わずじっくり見てしまうもの」と重ね合わせることは、あながちバカな発想とも言い切れない。
《作品》
『錻力のアーチスト』(細川雅巳/秋田書店)第8巻より
《解説》
いくらスイングを磨いても、自分なりの打撃論に裏打ちされたものでなければ、好投手は打ち崩せない。桐湘の1年生・清作雄は、昨年の神奈川県大会準優勝校である麻生西のエース・永源晶と対戦し、現在の自分自身の限界を知る。
一方、神奈川を代表する天才打者であり、我流の打撃論を持つ蔡理の主砲・蓬莱豊は、千葉県で関東大会の初戦を戦っていた。
東京代表のエースが自信を持って投じるナックルボール。打席の蓬莱は、その大きく揺れる軌道を見ながら、胸の大きな女性がとび跳る「ダイナミズム」な姿を想像。「俺の目は釘付けだぜ!!」と決勝ホームランを放つ。彼は投手のボールを女性に見立て、打ち返すという独自の技術を持っていた。
翌日、埼玉県の代表を破った蓬莱の前に、さらなる成長を目指す清作が姿を現すのだった。
■ライター・プロフィール
ツクイヨシヒサ/1975年生まれ。野球マンガ評論家。幅広い書籍、雑誌、webなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。ポッドキャスト「野球マンガ談義 BBCらぼ」(http://bbc-lab.seesaa.net/)好評配信中。