カナダ・トロントからも愛される川?宗則、今年の名シーンランキング
記録よりも記憶に残る選手はどの時代にもいますが、今年のトロント・ブルージェイズでプレーした川?宗則(現FA)はまさにそういう選手でした。メジャーで成功した選手というと、日に日に人間味あるエピソードが伝えられることが減り、遠い存在となっていくものですが、川?は日本にいた頃の等身大のまま、アメリカでもヒーローになった非常に珍しいケースでした。そのハイテンションな1年を振り返ります。
イチロー4000本に居合わせる
――8月21日・ニューヨーク
6月下旬、7月中旬にマイナー降格を経験した川?だったが、8月14日に意地でメジャー再昇格を果たす。そして4試合目の出場となったニューヨーク・ヤンキース戦は、尊敬し背中を追って海を渡ったイチローの日米通算4000本安打がかかった試合だった。
この試合にセカンドとして出場していた川?は初回、イチローがレフト前にヒットを放つとそのボールをレフトから受け取る。一塁のイチローのところにヤンキースの面々が祝福しにいっている隙に、ボールを大切そうに触り、持って帰ろうかとしているかのような仕草を見せた(報道では「すりかえようとしたが審判に見つかって怒られた」とコメント)。
メジャーで確かなポジションを得ておらず、常時出場できるわけでもない川?が、憧れのイチローの晴れの舞台に居合わせてしまう強運には、驚かざるを得なかった。その後、二塁に進んだイチローが、控えめにグータッチを求めるシーンもあった。
MLB初本塁打、9連勝を引き寄せる
――6月21日・トロント
サヨナラ打(後出)の後も随所で日本人離れした陽気なプレーを見せ、一部ファンから熱烈な支持を受けつつあった川?。しかし、8連勝と勢いに乗るチームとは対照的に調子を落としていた。さらに正ショートのホセ・レイエスの復帰が迫り、マイナー落ちも確実視される状況。
しかし! ポジティブさは運を引き寄せるのか? この日、5回裏にセンター前にタイムリーを放った川?は、4-6で追う7回裏2死一塁の第3打席、3球目の真ん中高めのストレートを見逃さず強振。打球は長い滞空時間を経て、ライトスタンド手前のラッキーゾーンに吸い込まれる。日本からやってきたムードメーカーの初本塁打に、スタジアムはどんなビッグスターの本塁打かと思わせる大歓声。ベンチに戻った川?はチームメイトに背中を押されスタンディングオベーションに応えると、さらに歓声は大きくなった。
同点に追いついたブルージェイズは9回裏に勝ち越しサヨナラ勝ちして見事9連勝。印象的な活躍をホームゲームで見せるあたりも川?らしい。
“アイムジャパニーーーズ!”
――5月25日・トロント
新天地・トロントで4月13日にメジャー昇格し36試合目となるボルチモア・オリオールズ戦。陽気でコミカルなキャラクターが新チームでも徐々に知られてきていた川?はこの日も好調。3回裏にはバントヒットで出塁、8回裏には1点差に迫るタイムリーを放っていた。そして9回裏、1点差で2死一、三塁。一塁ランナーがホームに還ってくればサヨナラ、という状況で打席は川?に。フルカウントからの内寄りやや低めのボールをとらえる。ボールは左中間を破り、三塁ランナーに続いて、一塁ランナーも生還! ブルージェイズは6-5で逆転サヨナラ勝ちを決めた。
試合後グラウンド上でテレビ局にインタビューを受けるチームメイトが「カモン、ムネ!」と川?を呼び寄せると、川?は「サンキューベリーマッチ、マイネームイズ、ムネノリカワサキ、アイフロムジャパン、アイムジャパニーーーズ!」などとまくしたてる。勝利の余韻に浸るスタンドのファンを大喜びさせ、その存在を強くアピールした。
ただ、現地で試合を見ていた人によれば「マイクの音声はスタンドには流れておらず、実際は川?のテンションに当てられた観客が、ほとんどノリで喜んでいた」という説も?
ブルージェイズとのマイナー契約が決まったのが3月半ば。やっとのことでアメリカでプレーする環境を得た川?には通訳もおらず、マイナーでは苦労が絶えなかったといいます。出る必要のない若手選手向けのミーティングにしばらく間違って出てしまったり、スケジュールが読めず食事のタイミングを逃し、ドミニカ出身の若手選手にパンとポテトチップを恵んでもらい試合に出ていたとのこと。
そんな誰にも期待されていない状態から、大歓声の下へと這い上がった川?には、8月に長男・逸将君が生まれるというニュースも。日本人内野手がなかなか結果を出せない中、自分らしく食い下がってみせる姿に思ったのは、プロ野球選手は「野球を楽しむ姿」を見せるのも仕事であるということだった気がします。
■プロフィール
文=秋山健一郎(あきやま・けんいちろう)…1978年生まれ、東京都出身。編集者。担当書籍に『日本ハムに学ぶ勝てる組織づくりの教科書』(講談社プラスアルファ新書)、『プロ野球を統計学と客観分析で考えるセイバーメトリクスリポート1、2』(デルタ、水曜社)など。