「1時間ぐらい守る気持ちでいけば、ピンチは切り抜けられる。」《今回の野球格言》
《今回の野球格言》
・1時間ぐらい守る気持ちでいけば、ピンチは切り抜けられる。
・手足の長い打者は、多くが不器用。
・野球には、本能的な狩猟行為が凝縮されている。
「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
勝負どころでピンチになると、守備側は早くアウトを欲しがり、ミスを重ねてしまう。普段通りのプレーをするためには、ゆっくりと間合いを取り、1時間ぐらい守るような気持ちになることが大切。
《寸評》
試合終盤に起こるドラマの多くは、守備側の自滅に原因がある。漠然と「落ち着け」と念じるよりも、「1時間」という具体的な時間を想像するほうが、「慌てる必要はない」という自分たちの状況を客観視できる。タイムアウトのない野球の特性を守備側に応用したメンタル操作術。
《作品》
『砂の栄冠』(三田紀房/講談社)第4巻より
《解説》
埼玉県の秋季大会準決勝。樫野が浦和秀学に勝てば、21世紀枠でのセンバツ初出場がほぼ確定するという大一番。樫野のエース・七嶋裕之は熱投を続け、2−0のまま9回2死までこぎつける。打席には浦和秀学の四番・郷原剛。元全日本シニアの主砲であり、「埼玉のゴジラ」の異名を持つ郷原は、七嶋の初球を簡単にレフト前へと弾き返す。
2死一塁。続く巧打者の5番・久住康孝も初球を狙うが、平凡なサードゴロ。ゲームセットかと思われた瞬間、樫野の三塁手・郡健太郎が二塁へ痛恨の悪送球。ピンチを広げてしまう。
苦しい展開の七嶋だったが、その心中は落ち着いていた。
「しっかり牽制して ゆっくり間合い取って… あと1時間ぐらい守る気持ちでいけば このピンチは切り抜けられる」
七嶋は静かに靴ヒモを結び直し、自分たちの有利を再確認した。
★球言2
《意味》
スポーツ選手にとって手足が長いことは、単純に考えればいいことに思える。しかし、野球の場合、意外とその長さをもてあましてしまい、不器用なバッティングしかできない選手も多い。
《寸評》
ヒモの短いデンデン太鼓と、ヒモの長いデンデン太鼓では、後者のほうが音を鳴らしにくい。手が長ければ、目とバットの距離も離れるので、ボールを捉えるのも難しくなる。内角に対し、腕を折りたたむ技術も求められる。手足の長い選手は色々と大変なのである。
《作品》
『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ/講談社)第24巻より
《解説》
大宮公園野球場にて行われた埼玉県秋季大会の初戦。西浦は強打とフルスイングが売りの千朶と対戦する。
西浦が2点を先制した直後の2回表。千朶の5番・久保が先頭打者として打席に入る。
「でけえな」
打席に入った久保を見て、西浦の捕手・阿部隆也が思う。内角をさばきにくいだろうと判断した阿部は、投手の三橋廉に内角ヒザもとへのシュートを要求。1ストライクを奪う。続く2球目は、内角のボール球からストライクとなるスライダー。打者の久保は、思わず腰を引いてしまう。
「手足長いのは単純に考えりゃいいことっぽいんだが案外もてあまして不器用なヤツが多い」
3球目は外角に落ちるボールで空振り三振。西浦バッテリーは、3球で1つのアウトを奪った。
★球言3
《意味》
「獲物をうつ(※29)」「獲物を捕る(※30)」「ホームに帰る(※31)」など、人間が持つ本能的な狩猟行為が、野球には凝縮されている。人間は戦争よりも野球で優劣を決めるべき。
《寸評》
野球が特殊なのは、数ある狩猟行為の中でも「生きて無事に戻ってくること」を第一の目的としている点。これほどアットホームな“攻撃”を繰り出すスポーツが、ほかにあるだろうか(反語)。守る側のほうが、大勢で刺したり殺したりエゲつない。
《作品》
『ビーンボール』(波多野秀行、市田実/小学館)第1巻より
《解説》
2012年3月の東京、東小金井アーセナルズとボストン=レッドシューズによるMLB開幕戦のプレシーズンゲーム。10−0とレッドシューズが圧倒的優位の中、アーセナルズは新人の富士鷹桜を代打に送る。
態度の大きいルーキー・富士鷹に対し、レッドシューズは初球いきなりの制裁球。左頬へまともに死球を食らう富士鷹。
「沖縄の師匠の言葉を思い出すぜ」。
富士鷹の師匠は、かつて彼に「世界の戦争に野球が取って代わればよい」と語っていた。理由は「『獲物をうつ(※27)』『獲物を捕る(※28)』『ホームに帰る(※29)』 本能的な狩猟行為が、野球には凝縮されて」いるから。
「野球でケンカなら上等だぜ!」
師匠の言葉を再び噛みしめ、富士鷹は一塁に向かって全力で走り出した。
※27・作中では「うつ」に傍点
※28・作中では「捕る」に傍点
※29・作中では「ホームに帰る」に傍点
■ライター・プロフィール
ツクイヨシヒサ/1975年生まれ。野球マンガ評論家。幅広い書籍、雑誌、webなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。ポッドキャスト「野球マンガ談義 BBCらぼ」(http://bbc-lab.seesaa.net/)好評配信中。