正捕手であり、力強さと柔らかさを兼ね備えた大打者…阿部慎之助(読売ジャイアンツ)
筆者がプロ野球に夢中になり始めたのは、今から37年前のこと。巨人の4番打者は王貞治が務め、文句のない数字を残していたが、「王貞治としての全盛期」は既に過ぎ去っていた。父からは「2年連続三冠王を獲った時の王のバッティングは本当に隙がなかった」「だってお前、昭和49年なんか、四死球が166個、その内、敬遠45個だぞ? これだけでわかるだろ、王の全盛期の凄さが」などとドヤ顔で言われ、実に心外だったが、内心は球史に残る名選手・王貞治の全盛期を知っている父がうらやましくてたまらなかった。
以来、私は球史に残るような選手の全盛期をリアルタイムで目撃することに、強い憧れと執着心を抱くようになった。
しかし、選手のピークというものをリアルタイムで判断することは案外難しいものだ。王貞治で果たせなかった全盛期目撃を元阪神の掛布雅之で叶えようと目論んだが、全盛期になるとにらんだ時期に坂を転がるように衰え、ピークと予想した33歳でなんと引退してしまった。
結局、過去を振り返った際に「あの選手は90年代前半が全盛期」「ピークはあの年だったんだな」といった具合に後付けで定義されるケースが大半なのである。まるで上がり続けた株価が下がった後に「結局あそこが高値でしたね」と年度別成績表を見ながら解説するようなもの。こちらが欲しいのは「今こそがこの株のピークですよ!」というリアルタイム情報なのに。
しかし、今の球界で、筆者が迷うことなく、自信を持って「ただいま全盛期」だとお薦めできる選手がいる。それが巨人・阿部慎之助だ。
昨年は捕手歴代最高打率にて自身初の首位打者を獲得。両リーグで唯一となる3桁の打点を叩きだし、打点王にも輝いた。超スラッガーでありながら、喫した三振数は規定打席到達者の中ではリーグ最少の47。出塁率と長打率を足すことで算出するOPSも.994という高い値でリーグ1位となった。
2013年シーズンも打率こそ、9月5日現在で昨年を下回っているものの、3割をきっちりキープし、本塁打は既に昨年を上回る30本台に突入。OPSは1.027と昨年以上の凄みを見せている。日本人現役ナンバーワンバッターと評しても過言ではないだろう。
そしてこの数字を「.250打てば合格」と言われる、捕手というポジションをこなしながらマークしている。数字の価値は5割増しにしてあげてもいいくらいだ。
ホームランの種類もスピンのかかった高弾道のものから弾丸ライナーまでと幅広く、しかも全方向にスタンドイン可能。空振りを誘う、ワンバウンドになりそうなボール球でもヒザを折り、体の開きを極限まで抑えながら、右手一本で巧みに拾えるテクニシャンでもある。そんな力強さと柔らかさをハイレベルで兼ね備えた打者が今、34歳となり、「脂がギラギラと乗った状態」を迎えているのだ。
阿部慎之助の全盛期と呼べる期間は筆者の見立てでは長くてあと2年。
球史に残る大打者の全盛期を目撃すること。それはすなわち歴史の目撃者になること。
今、阿部慎之助の打撃を見ておかなければ、きっと後悔する。
ライタープロフィール
服部健太郎(はっとり・けんたろう)…1967年生まれ、兵庫県出身。幼少期をアメリカ・オレゴン州で過ごした元商社マン。堪能な英語力を生かした外国人選手取材に、技術系インタビューも得意とする実力派ライター。