マンツーマンで話を聞くこと、それが僕らの「取材」です!
前回、菊地選手が考える“スポーツ報知あるある”に対し、その答えと裏話を披露してくださったスポーツ報知デスクの加藤弘士さん。
今回は「スポーツ紙記者の日常」について語ってくださいました。
スポーツ紙記者の日常1
「他紙にスクープされていないだろうか……」という不安
菊地 パッと見、激務ですよね。
加藤 野球ファンの方からしたら、朝から晩まで野球のことを考えていて楽しいんだろうなあ、と思うかもしれませんが、仕事に費やす労力を考えると結構、ハードですよね。
菊地 まず2軍の取材から始まるんですね。
加藤 僕が去年担当していた埼玉西武ライオンズを例にお話しさせていただきます。西武の特徴としては、2軍球場が隣接しているので、1軍の西武ドームに向かう前に午前中、西武第二球場に行くのが日課です。朝起きてすぐに、布団に入りながら「スポニチ野球記者」と「ふくださん」(日刊スポーツ)のツイートを、ガーッと見るという作業があります(笑)。家を出ると、スポーツ紙を全紙、近くのコンビニで買います。これらは“他紙に記事を「抜かれ」ていないか(※自紙で扱っていないことを他紙に書かれること)”のチェックですね。
菊地 スポーツ紙を全紙コンビニ袋に詰め込んでいるような人を見たら、スポーツ紙記者だと思っていいわけですね。
加藤 はい。ただ、日によっては、この間の総選挙の翌日みたいに他紙の1面も全部AKB48だったりもするわけです。そういう日に電車で新聞を全紙所持して読んでいると、“君もか! 同志よ!!”みたいな視線をAKBファンらしき方からいただいたことがあったりします(笑)。
スポーツ紙記者の日常2
マンツーマンこそ取材の基本!
どのメディアでもいえることだが、他の媒体よりもいいネタ、まだどこにも書かれていないネタの存在が大事になってくる。そのためには「選手とのマンツーマンでの対話」が大事になってくる。
加藤 取材というと、テレビとかでよく見る試合前後に、多くの記者に囲まれて選手や監督が答える、いわゆる“カコミ”というものもありますが、あれは“取材”であって“取材”じゃないんです。ここで聞いたネタだけなら、誰でも記事が書けますからね。だから、なんとか選手と2人きりになる機会をつくって、そこでオンリーワンのエピソードをつかみたい。どうしたらマンツーマンになれるかな、といつも考えながら取材していました。
スポーツ紙記者の日常3
1行でも多く書きたいという熱意をデスクに伝え、そして書く!
時刻が21時あたり、試合の7、8回辺りになってくると、記者たちにはもう1つ重要な仕事が残っている。それが“デスク報告”と呼ばれるものだ。どのネタがどの面にどれだけの分量で掲載されるかを決めるのは「デスク(加藤さんの現在の役職)」の仕事。記者は試合の現況や書ける要素をデスクに売り込むことになる。
ここでの攻防によって、翌日の紙面でどれだけのスペースを確保できるかが決まる。
加藤 デスクは社内のテレビでナイターのほぼ全試合を見て、試合のポイントをつかみながら紙面構成をシミュレーションしています。でも、現場の記者は“1行でも多く書きたい”と思っていますので、その熱意をこの報告で伝えるわけですね。野球担当に限らず、記者であるならば少しでも多く書きたいと考えている。思い入れのある選手が活躍した時には、自然とデスクへの報告も熱っぽくなります。デスクも人間だから「お前がそこまで言うなら」と熱意を買って、想定していた紙面構成を変えるときもあります。ただ、新聞ですから、時間との勝負は避けられない。延長戦で劇的に決着することがあるのはもちろんのこと、野村克也さんを担当している時は、試合後の帰り際に爆弾発言をすることも多々あった。行数が遅い時間帯で一気に変わることもしょっちゅう(※前回の記事参照)で、原稿に関してはかなり鍛えられましたね。
そして、西武ドームで原稿を書きながら選手の退出を待ち、そこで何かまた新しいコメントがあれば差し替えの原稿を書き……。そして終電までに帰宅をする。そんな1日だという。
加藤 現場を離れた今、こんなハードな生活をよく連日やれたなあと感心します(笑)。でも、野球が好きだから、試合を観るのは楽しいですよ。“どんな原稿、書いてやろうか”とか考えながら観ていますので。いい原稿を書くためにも、それぞれの選手に1ネタぐらいはイイ話を持っていたいなと思っていました。やっぱりスポーツ紙の原稿には、喜怒哀楽のドラマがよく似合いますしね。
さらに加藤氏は「僕には野球経験が無いからこそ〜」と切り出し、続けた。
加藤 グラウンドの中を見るだけではなく、グラウンド外での人となりが分かるような、人間ドラマを描きたいな、という思いが常にあります。スポーツ各紙の野球記者には甲子園に出場した記者も、東京六大学でバリバリやっていた記者もいます。野球の技術論を語ることに関しては、やはり経験者、硬式球を握った人にはかなわない。でも、人間を描くことに対しては、負けたくないな、といつも思っていました。スポーツ紙の野球担当には、女性記者にも優秀な人が大勢います。女性ならではの細やかな視点で気づくこともあるし、つかめるスクープもたくさんある。表現力に秀でて原稿が上手く、尊敬している女性記者もいます。
今は現場を離れ、デスクをしているので、バラエティに富んだ記者たちで、様々な切り口で描かれた鮮やかな紙面を作っていきたいなぁ、と思っています。デスクになっても、「負けたくない」という気持ちはずっと一緒です。新聞制作は、中学や高校時代にあった中間テストや期末テストを、毎日を受けているようなもの。1日失敗したとしても、取り返せる機会はすぐ次の日にやってきます。だから、タフでありたい。でも……、失敗した時の切り替えは難しいんだなぁ(苦笑)。
スポーツ紙記者は毎日毎日が勝負で、端から見ると肉体的にも精神的にも大変な仕事です。しかし、加藤デスクの話は、非常に楽しそうに、やりがいがあるのだとひしひし伝わってきます。
次回はそんなスポーツ記者たちの悲喜こもごもを具体例とともにご紹介いたします! お楽しみに!
[ゲスト/写真左]加藤弘士(かとう・ひろし)・・・1974年4月7日、茨城県水戸市出身。水戸一高ではプロレス研究会に所属。慶應義塾大法学部法律学科を卒業後、1997年に報知新聞社入社。広告局、出版局を経て、2003年からアマ野球担当。アマ野球キャップや、野村克也監督、斎藤佑樹の担当などを経て、2014年より野球デスクに。173センチ、62キロ。右投右打。
[司会/写真右]菊地選手(きくちせんしゅ)・・・本名:菊地高弘。『野球部あるある』著者、『野球太郎』副編集長。加藤デスクとは渡部建さん(アンジャッシュ)らが出演しているプロダクション人力舎主催「高校野球大好きナイト」で親交が始まり、イベント開催に至った。
構成=高木遊