常勝・阪急の上田利治、寝技師・根本陸夫、つなぎ役・阿南準郎ら、無名選手から監督で開花した名将たち
7月1日、阪急、オリックス、日本ハムで監督を歴任した上田利治氏が亡くなった。近年でも雑誌などのインタビューで元気な姿を見せていただけに、突然の訃報に関係者とファンは驚いた。
上田氏といえば阪急監督時代には日本シリーズ3連覇を成し遂げ、オリックス時代には「ブルーサンダー打線」、日本ハム時代には「ビッグバン打線」と強力打線を形成。「ええで、ええで」と選手を褒めて乗せる「ええで節」は氏の代名詞にもなった。
また、上田氏で忘れてはならないのは、現役時代は無名ながらも指導者として成功した点だ。
関西大時代は後の阪神のエース・村山実とバッテリーを組み、卒業後は広島に入団するも3年で現役引退。20代半ばでコーチとなり、指導者人生をスタートさせた。
スター選手が監督に就任する傾向が強い日本プロ野球界にあって、上田氏のようなキャリアの持ち主は貴重な存在だった。
今回は、上田氏のように、現役時代は無名でも監督として実績を残した男たちを挙げてみたい。
(以下、文中一部敬称略)