88番目に呼ばれた男・松本直晃。硬式投手経験は独立リーグから、という異色の経歴の持ち主だった!
四国アイランドリーグplus・香川オリーブガイナーズへ指名あいさつに訪れた西武・鈴木敬洋スカウトが言う。
「10位で獲れたのも縁ですからね。5位くらいで獲る可能性もあったんですけど、対抗馬がめちゃくちゃいて」
鈴木スカウトにしてみれば、自分が担当して初めて指名にこぎ着けた選手である。ドラフト指名の最後、88番目に「松本」の声が聞こえたときは、思わず感極まった。
例年以上に長い今年のドラフト会議。高松市内に設けられた会場で、じっと会議の生中継を見つめていた松本直晃は、約3時間後に自分の名前が呼ばれたとき、思わず天を仰いだ。そのまま力が抜けたようにうつむくと、少しのあいだ両ひじを机について、両手で顔を覆った。
☆環太平洋大→鳥取の病院→香川オリーブガイナーズ
大学時代は内野手である。卒業後、鳥取の病院で働きながら軟式野球チームに所属し、投手になった。硬式での本格的な投手経験は、香川に入団して以降である。
「軟式って言ってもね。大学時代、硬式でバリバリやってたヤツとか結構おって。かなりレベル高いんですよ!」
以前、松本からそんな話を聞いたことがある。
環太平洋大時代の同期に又吉克樹(中日)がおり、2つ上に亀澤恭平(中日)がいた。ともに香川入団後、NPBへと巣立っていった元アイランドリーガーだが、大学と球団に特別なコネクションがあったわけではない。周りから「四国でプレーしてみてはどうか」と勧められ、トライアウトを受験。アイランドリーガーとなり、ドラフト指名につながるきっかけをつかんだ。素晴らしいのは全員が1年で上へと駆け上がっていったことだ。
最初にマウンドに登る松本を見たのは3月5日、香川・観音寺市で行われたオープン戦、対ハンファ・イーグルス戦である。まだ気温はかなり低かったが、空振りを奪えるスライダーとコントロールのよさが目についた。2死二塁の場面では、走者をけん制で刺している。一通りピッチングを見たあと、新入団選手のプロフィールを見て「このピッチャー、軟式出身なんだ……」と思ったほどだ。投手経験の少なさは、まったく感じさせなかった。
あの日、香川・西田真二監督(元広島)が言っていた。
「ストレートは前回の方が走っとったけどね! 軸にならなきゃいけないピッチャーなんでね。ある程度コントロールがまとまっている。これは素晴らしいことで、彼が軸になってくれればガイナーズも助かる。大いに期待しています」
誰が見ても、松本の素質には光るものがあった。そして、西田監督はルーキーを投手陣の軸として考えていることを明言していた。
☆ドラフトの順位はもう関係ない。ブルペンでの1球目が勝負だ!
その言葉通り、開幕してからもセットアッパー、クローザーとして順調に経験を積んだ。前期34試合を終え20試合に登板、2勝1敗4セーブ、防御率1.38の成績を残し、北米遠征メンバーに選ばれている。最終的に41試合に登板し、4勝1敗6セーブ、防御率は1.00という結果を残した。5月と8月の2度、月間MVPを受賞している。
この1年間、松本を追い続けた鈴木スカウトが評価していたのは、キレのあるストレートである。すでに3月の時点で目に留まっていた。
「初めて見たとき、オープン戦だったんですけど『あ、いいな』と思って。横から見てたら、ちょっと回転が多くかかるようなイメージのボールで。最後の方なんかは(右打者の)アウトコースへのボールがよかったです。角度があって」
この11月で25歳になる。周りからは「即戦力」として見られる年齢だが、経歴からもわかるように、まだ完成されている投手ではない。むしろ、これからの伸びしろに期待したい投手だ。ドラフト10位を気にする必要はまったくない。鈴木スカウトが言葉を続ける。
「もうホントに思うんですけど、横一線です。一番見られるのがキャンプに入って、ブルペンではプレートが7つくらい並んでるんです。そこでみんな、見るじゃないですか。そのなかで『バーン!』てボールがきたら、僕もうれしいですね。そういうときに監督も見ているので。『あいつ、いいボール行ってんなあ!』って。そういう印象が一番大事だから。大事なのはスタートダッシュ」
鈴木スカウトだけではない。鳥取の病院で働いていたころの仲間も、香川をはじめ四国のファンも期待している。いまが伸び盛りの25歳は、みんなの思いを背負ってルーキーイヤーに挑む。
文=高田博史(たかた・ひろふみ)
1969年生まれ、徳島県出身。2005年の四国アイランドリーグ発足時から取材を続けるスポーツライター。「現場取材命」を信条に精力的に活動中。