file#018 十亀剣(投手・西武)の場合
『野球太郎』ライターの方々が注目選手のアマチュア時代を紹介していく形式に変わった『俺はあいつを知ってるぜっ!』
今回の担当ライターは1月15日更新時(高木京介投手/國學院大→巨人)にも書いていただいた山田沙希子さんです! 東都は一部も二部も見逃さない山田さんだからこそ書ける去年セットアッパーとして活躍したあの投手の大学時代に迫ります!
◎2番手に甘んじていた高校時代、殻を破り切れなかった大学時代
サイドから150キロの速球を投げ込む右腕、十亀剣(西武)。投球と同時に帽子を飛ばすほど、本当に全身で投げているという力強い姿が印象的だ。
昨年5月末にリリーバーとしてプロ初登板を果たし、以降は中継ぎとして活躍。一度も1軍登録を抹消されることなくシーズンを終えた。昨シーズンの自身最終戦では初先発し、先発としての初白星まで手にしている。
愛工大名電時代は3年春に甲子園に出場し、優勝に輝いた。しかし彼は控え投手の位置づけで、この大会では1試合の登板に留まった。
当時、東都大学野球リーグの1部に所属していた日本大に進学すると、その立場は一変する。
まず春季リーグの開幕戦で救援ながら大学初登板を果たした。秋になると先輩投手陣の一角に食い込み、中継ぎとして自らの座を確立した。
その一方でチームは最下位に沈み、2部優勝チームとの入れ替え戦に臨むことになった。この試合に勝てば1部、負ければ2部という、文字通りの入れ替え戦。最終的に日本大は敗れ、2部降格が決まった。しかしこの重要な試合において、十亀は2試合ともマウンドに上がった。それだけで首脳陣の彼に対する信頼度がどれほど高いかが伺える。
十亀の在学時、日本大野球部は激動の一時代であったといえる。彼が1年秋に2部へ降格し、2年秋には1部に復帰。そして翌秋、再び2部降格の苦渋を味わうことになったのだ。これほどの山と谷を経験することもそうそうあることではない。下級生の頃は、グラウンド上でその激しい波に飲まれてはいたが、その渦の中心にいたわけではなかった。しかし最上級生になると、日本大のエースとしてマウンドに立ち続けた。
◎孤軍奮闘のエース
2部リーグで迎えた大学ラストイヤー(平成21年)。
春季リーグ戦の開幕戦に先発すると、1失点完投の好投を見せて白星スタート。これが彼にとって先発初勝利であった。だが翌2回戦の先発マウンドにも、十亀が立っていた。
なぜ?――そんな思いでいっぱいだった。
この2戦目は、完投したものの逆転負けを喫した。後がなくなった状況となり、十亀は開幕早々3連投。だが奮闘むなしく敗れ、勝ち点を逃した。
このシーズン、日大の試合を見に行けば必ずといっていいほどマウンドにいた十亀。実に12試合中10試合に登板していた鉄腕ぶり。
また、彼のピッチングフォームがあまりにも力強いため、見ているこちらが疲労感を覚えてしまった。荒々しいフォームから繰り出されるボールも荒く、制球にやや苦労するピッチャーでもあった。
しかしこれだけ一人気を吐くピッチングを披露しても、なかなか結果には結び付いていなかった。
だからマウンドに佇む十亀の姿に存在感はあっても、怖さはそこまでない。もちろん、体中から【全力】がにじみ出て孤軍奮闘する姿に、思わず声援を送りたくなっていた。見ている者に何かを訴えるほど、感じさせるほど凄味があったのが彼のピッチングだ。
◎大学ラスト登板は…
大学最後のシーズン終盤。日本大は最終カードの国士舘大戦で勝ち点を挙げれば、2部優勝という局面を迎えていた。対する国士舘大も同じ状況。勝ち点を挙げた方が優勝という、ドラマチックな展開だった。
この勝負は第3戦までもつれた。
日本大のエースである十亀は当然、先発のマウンドを踏みしめている。
互いにホームが遠く、十亀はランナーを出しつつも得点は許さない状況。
息詰まる投手戦は9回に入った。
日本大は表の攻撃でスコアリングポジションまで走者を進めるが無得点。このチャンスの後、十亀にこのゲーム最大のピンチが訪れた。
1アウトからエラーで出塁を許すと、続く打者は右飛で2アウト。ここで切りぬけたかったが、ヒットでつながれてしまう。2死一塁、二塁。次のバッターにはカウント2―2と追い込んだ。だがここで痛恨のデッドボール。2死満塁、サヨナラの大ピンチだ。
コントロールに少しの不安がある十亀にとって最悪の展開になってしまった。
国士舘大ベンチは大盛り上がりを見せ、ざわめきの中、次打者が打席へと歩を進めた。
初球、大きく空振り。自分が決めてやるんだ、という気持ちが伝わってくる一振りだった。
十亀が投じた2球目、打者はまたも強振して打球はレフトへ舞い上がった。
左翼手が下がる。フェンスまで下がって、捕球。
土壇場のピンチを乗り切り、試合は延長戦へと入った。
だが10回裏、この一戦は幕を下ろす。
すでに十亀の投球数は110球を超えており、1アウトから死球、四球で走者を貯めた。続く打者にはヒットを許すが、二塁ランナーは三塁ストップ。
1死満塁で迎える打者は左の強打者。ここで十亀はお役御免となり、2番手の
江村将也(現ヤクルト)にバトンタッチ。だが初球を打たれ、サヨナラタイムリー…。
こうして十亀の大学野球生活は幕を閉じた。結局、神宮球場で勝利を挙げることなく終えたのだった。
◎来年も安定の投球を
投じる一球一球がパワーに溢れ、要所を抑えようものなら険しい顔をして雄たけびをあげていた大学時代。相手を睨みつけんばかりの勢いであったが、社会人になってからは、その表情が少し柔らかくなったように映った。
プロ1年目ではリリーフとして熱投を見せ、中継ぎ投手が不安なチームを救い、すっかり西武の中継ぎの顔になったのではないか。ただ、与四死球がやや多かったところが気になる。もともとコントロールがいいわけではないが、短いイニングを任されるだけに四死球のダメージはより大きい。
セットアッパーとして成果を残した十亀だが、もちろん先発をやれるだけの力もある。今年はどんな活躍を見せてくれるのか非常に楽しみだ。
※次回更新は2月12日(火)となります
文=山田沙希子(やまだ・さきこ)/早い時期から東都大学の魅力にハマり、大学生時は平日の多くは神宮球場または神宮第二球場に通い詰めた。多くの東都プレイヤーの取材を通して、さらに東都愛は加速。ナックルボールスタジアム主催のイベント「TOHKEN〜東都大学リーグ野球観戦研究会〜」でも活躍。