第23回『ストッパー毒島』『最後は?ストレート‼』『ワイルドリーガー』より
「球言(たまげん)」とは、名作&傑作マンガに登場する野球格言≠フことである。野球というスポーツの真理を突いた一言、技術を磨く名言、駆け引きを制する名台詞の数々は、現実のプレーや采配にも役立ったり役立たなかったりするのだ!
★球言1
《意味》
ナックル・ボールは、投手自身も行き先がわからない球。ストライクを欲しがるあまり、制球やスピードを意識し過ぎてしまうと、かえって甘く入り、特別に危険な球へと変貌してしまう。
《寸評》
作中では連載当時のプロ野球選手が実名で登場。のちにメジャーリーガーとなるイチローや田口壮らが、ナックルボーラーを打ち崩している。「普通の投手の8倍 危険な球になる」と言ったのは故・仰木彬監督だが、なぜ「8倍」なのかについては数字的根拠が明かされていない。
《作品》
『ストッパー毒島』(ハロルド作石/講談社)第9巻より
《解説》
パ・リーグのお荷物球団・京浜アスレチックスは、中継ぎ投手・毒島大広の活躍もあり、ようやく優勝を狙える位置につける。
首位を走るオリックス・ブルーウェーブとの一戦。勝つか引き分けで優勝が決まるオリックスに対し、アスレチックスは勝てばマジック7。混戦のペナントレースは、クライマックスを迎えていた。
アスレチックスの先発は、ナックル・ボーラーとして今季9勝を挙げているウェイク国吉。好調な投手を前に、オリックスが選択したのは「待球作戦」。「投げる本人もどこへ行くのかわからない」ナックルの弱点を利用しようという腹づもりである。狙い通り、二者連続の四球を出すウェイク国吉の姿を見ながら、オリックスの仰木彬監督がほくそ笑む。
「制球やスピードを意識し過ぎると かえってボールは甘く入ってしまう ナックル・ボーラーの甘く入る球は 普通の投手の8倍 危険な球になる」
★球言2
《意味》
捕手がミットを持つ腕を伸ばしきってボールを受けると、捕球する瞬間に手もとがブレやすくなる。すると、ミットからいい音が出ず、投手は自分の投げた球の勢いを感じにくくなってしまう。
《寸評》
捕手たちの「いい音」へのこだわりは、ときに執念めいたものが漂う。彼らは「いい音」のためなら時間と労力を惜しまない。肝心の投手が気づかないような違いでも、捕手たちの間では「あいつ、いい音させてんな」と羨望の声が挙がったりする。なんかもう、アーティストじゃん。
《作品》
『最後は?ストレート‼』(寒川一之/小学館)第4巻より
《解説》
千刻シニアのエース・高津睦月は、軟式野球部の補欠捕手だった佐宗慶をチームに引き入れたいと思っていた。
そんな折、慶と正捕手・吉野がレギュラーの座を賭けて戦うことに。同じ打者3人を相手にしてのリード対決。投手は、睦月が務めることになった。
最初に守るのは、正捕手・吉野。彼のリードに従い、全力で投げ込む睦月だったが、なぜか思うところへボールがいかない。その理由を千刻シニアの四番・溝口大河が解説する。
「調子をくるわされたんだよ、あの捕手(※22)に!(中略)あんな風に腕を伸ばしきってボールを受けたら、捕球の瞬間にミットがぶれちまうんだよ。そうなるとミットがいい音しねえし、投手(※23)は球の勢いを感じにくくなる」
一方、あとから守備に就いた慶のほうは「捕球した時のぶれ≠ェほとんど」なく、投げている睦月自身も「慶に受けてもらうと…ストライクが簡単に取れる気がする」と感じていた。
※22・作中では「捕手」に「キャッチャー」のルビ。
※23・作中では「投手」に「ピッチャー」のルビ。
★球言3
《意味》
ヨコ方向に広がった爪を「貝爪」と呼ぶのに対し、タテ方向に長く伸びた爪を「竹爪」と言う。押すと柔らかくヘコむような「竹爪」は、投手向きのしなやかな爪である。
《寸評》
投手の素養を爪で見極めようというのは、これまでになかった視点。確かに爪が割れにくいかどうかは、投手にとって死活をわけかねない重要な問題。後天的に鍛えられない分、見方によっては肩やヒジ以上に、生まれ持った才能に左右されやすい部分と言えるかも。
《作品》
『ワイルドリーガー』(渡辺保裕/新潮社)第8巻より
《解説》
東京武鉄レッドソックスの剛球投手・浅野夏門。彼は幼い頃、父・夏右衛門とともにアメリカで暮らしていた。
当時、エージェントの電話一本を頼りに独立リーグでプレーしていた夏右衛門は、5歳の夏門にとって憧れの存在。ところがある日、夏門の祖父・夏左衛門が現れる。驚く夏右衛門に対し、「今日で猶予期間は終わりだよ」と告げる夏左衛門。祖父は、父のもとから孫を連れ戻すためにやって来たのだった。
別れを拒む夏門に、夏右衛門が語りかける。
「お前の爪は 竹爪といって ピッチャー向きのしなやかな爪だ しっかりメシ食って 牛乳飲んで たくさん運動すりゃ きっとプロ野球選手になれるからな…じいちゃんの言う事聞いて元気に生きろ!」
夏右衛門は、息子よりも野球を選んだのだった。野球バカの父が残した最後の言葉。それは「お前はお前の祭りの主役になれ! オレみてえに野球(※24)をやってみろって事でいッ‼」だった。
※24・作中では「野球」に「ベースボール」のルビ。
文=
ツクイヨシヒサ
野球マンガ評論家。1975年生まれ。著書に
『あだち充は世阿弥である。──秘すれば花、『タッチ』世代の恋愛論』(飛鳥新社)、編著に
『ラストイニング勝利の21か条 ─彩珠学院 甲子園までの軌跡─』(小学館)など。