「イチローは毎朝カレーを食べている」……こんな話題が世間を賑わせたのは、もう6年も前の出来事だ。
2008年正月。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」においてイチローの独占インタビューが行われ、その中でイチローがシーズン中のホームゲームでは毎日、試合前に弓子夫人の手作りカレーを食してから球場入りしている、と報じられた。
この報道をキッカケに、「朝のカレーは体にいいらしい」とあちこちで話題にのぼるようになり、翌2009年には田中将大(当時楽天)がハウス食品の「めざめるカラダ 朝カレー」のCMに抜擢されるという、球界マッチポンプが引き起こされたのを覚えている方も多いだろう。
ところが、である。イチローはこの年、シーズン途中からカレー習慣をやめ、大根おろしとネギ、ショウガを乗せた讃岐うどんを食べていたのである。そもそも、イチローが食していたのは昼間なのに、世間ではなぜか「朝カレー」と変換されてしまったのが興味深い。
イチロー自身はこの「カレー騒動」について、次のようにコメントしている。
「おもしろいのは、人は100かゼロかを望むんだっていうことです。カレーを食べているって言ったら、365日、食べてると思いたいんでしょうね。実際はそうではないし、シアトルで試合がある日の昼間は、って言ってるわけだから、1年の中では100日にも満たない」(『Number』770号より)
同時にイチローはこの騒動から、日本人特有の思考回路に警鐘も鳴らしている。
「100かゼロかの考え方、これは日本独特だと思います。僕は究極の上と下には通じるものがあると思っているんですけど、人は4割を打つか、2割5分か、そういう両極端に興味を示すものです。間はいらない。カレーを食ってるか、食ってないか。でも、そういうわかりやすい考え方は、人の興味としてはわかるけど、それでは長く続かないということを、そろそろ知っておいた方がいいんじゃないかと思いますね」(『Number』770号より)
さて、このイチローカレー。弓子夫人お手製のものではあるのだが特別にこだわった香辛料を使っているわけではなく、ベースは市販のルーであるという。そして、実は「おふくろの味」でもあることはあまり知られていないのではないだろうか。
2003年オフ、イチローは名古屋の実家に帰省したときに久しぶりにカレーを食したという。その際、「これ、あのカレーだよね?」とたずねると、イチローが思っていたルーとは違うものだったことが判明したという。
「今まで子どもの頃から食べていたカレーを弓子に作ってもらっているつもりだったんですけど、勘違いしていたんです(笑)。だから、今年からはそっちのルーで作ってもらうことにしました。そりゃ、メチャクチャうまいですよ」(石田雄太著『イチロー・インタビューズ』より)
果たして、「おふくろの味」のカレーを食すようになった2004年シーズン、MLBシーズン最多安打記録を更新する「シーズン262安打」という偉業を成し遂げたイチロー。歴史を塗り替えたヒットの裏には、母の味があったのだ。
過去記事の『鈴木家のチチローカレー』はこちらから。名鉄百貨店本店など、名古屋地区限定発売。※通販での購入も可能。
■ライター・プロフィール
オグマナオト/1977年生まれ、福島県出身。広告会社勤務の後、フリーライターに転身。「エキレビ!」では野球関連本やスポーツ漫画の書評などスポーツネタを中心に執筆中。『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』(新紀元社)では構成を、『漫画・うんちくプロ野球』(メディアファクトリー新書)では監修とコラム執筆を担当している。ツイッター/@oguman1977