前田がどのくらい偉大なのか? まずは、通算打率.302、2119安打、295本塁打、1112打点という通算成績を見れば一目瞭然だ。
通算打率が3割を超える打者は、長いプロ野球の歴史においてわずか24名しかいない。前田はそのなかで20位に位置し、広島では歴代1位の通算打率を誇っている。
前田の打撃技術はチーム内外からも「天才的」だと賞賛された。あのイチローをして「本当の天才は前田さん」と言わしめ、三冠王・落合博満からは「プロ野球50年の歴史のなかで、ずっと理想とされてきたフォーム」と、最高級の賛辞を送られた。それほどの技術を有するのが前田なのだ。
筆者は30代後半だが、この世代の男性が「世界3大前田」を挙げよと問われれば、ほとんどが格闘家の前田日明、漫画『ろくでなしBLUES』の主人公・前田大尊、そして、前田智徳を挙げるだろう……、と推測する。
それくらい現役当時の前田は、ファンを熱狂させた男だったのだ。
前田は野球に対する姿勢がストイックすぎるが故に、ときとして他の選手とぶつかったり、誤解を招くことも多かった。今のひょうきんな一面からは想像もつかないほど尖っていた時代もあった。武勇伝にも事欠かない。
熊本工時代には、地方大会で敬遠してきた相手投手に激昂し、マウンド付近まで詰め寄り恫喝したという逸話は有名だ。
プロ入り後も、数々の武勇伝を持つ前田。その鋭い眼光からくるギラツキも魅力の一つだった。
最後に、前田を語る上で外すことのできない伝説のホームランを紹介したい。
1992年9月13日の巨人戦、中堅を守る前田は自らの判断ミスで打球を後逸。同点ランニングホームランを献上してしまった。しかし、その試合の終盤、汚名を返上すべく打席に立った前田は、見事に勝ち越しのツーランホームランを放ったのだ! ガッツポーズを決め、ベースを回る前田の目には光るものがあった……。
まるでマンガのようなこの名シーンに感動し、もらい泣きしたファンは多い。
付記しておくと、前田の涙の真相は、汚名返上の達成感にあったわけではなかった。先輩の北別府学の勝ち星を消したこと。ミスをした直後の打席で凡退してしまったこと。この悔しさ、自分への苛立ちから感情が溢れ出した故の涙だったのだ。
試合後、前田はヒーローインタビューを固辞し、無言で球場を後にした。その姿に「男」を感じ、素直にかっこいいと痺れ、心を奪われたファンは多かった。
この試合から前田伝説が始まったと言っても過言ではない。
ここまで読んでいただければ、前田こそ広島屈指のレジェンドであることをおわかりいただけたはずだ。コミカルな前田も味があるが、それは「侍・前田」を知ってこそ。そのギャップが魅力的なのだ。
カープ女子の皆さま。前田さんは「ただのおもしろいおじさん」ではないんです。何かの機会に前田伝説に触れていただけると、筆者はとても嬉しい。
文=井上智博(いのうえ・ともひろ)