「一番の年寄りが一番元気で若い!」
春季1軍キャンプで矢野コーチはプロ12年目、32歳の岡崎太一をこう表現した。そして、ルーキー・坂本誠志郎を除いた1軍キャンプ参加の捕手陣の中で、ほとんど実績のない岡崎を正捕手最有力候補として矢野コーチは見ている。
矢野コーチは30歳を超えてから阪神のレギュラー捕手の座をつかんだ。それゆえに、32歳の岡崎にとって「過去の実績は問わない」という矢野コーチの言葉が、自らを奮い立たせているはずだ。
もちろん、矢野コーチが岡崎を推す理由は、元気さだけではない。
投手をリードするための配球についても一番意識が高いのが岡崎だという。実戦後に書かせるチャート(配球表)で、岡崎は1球1球の球種を鮮明に記憶しているというのだ。「配球について、根拠を持っている証だ」と矢野コーチは言う。
捕手の技量を測る際の指標は、配球、リードのインサイドワークだけではない。
ワンバウンドしたボールでも決して後ろに逸らさない、捕球技術。捕ってからセカンドまでの送球時間が、1.9秒以内に終えられるかどうかの送球スピードと、正確なコントロール。
これらは、投手との信頼関係を構築する重要な要素となる。
矢野コーチが東北福祉大の恩師、故・伊藤義博先生にかけてもらった「捕手ならば、もっと投手のことを思いやれ!」という言葉は、気持ちの部分で自らの糧であったと同時に、いまの阪神の捕手陣にも受け継がれ、矢野コーチの正捕手の判断基準となるはずだ。
ただ、「守り」を重要視するポジションといえども、現代野球では「打てる」ことも重要な要素であることは間違いない。大きいのが「打てる」ということでは、矢野コーチとしても梅野隆太郎が頭ひとつリードしているという認識であろう。
開幕まであと2週間あまりとなり、オープン戦も本番モードに突入しつつある。
開幕スタメンに名を連ねるのは選ばれた1人のみ。その座をめぐって、周囲もメディアも囃し立てるが、これからの阪神の扇の要を任される正捕手であるかどうかの決定打にはならず、判断するには時期尚早だ。
捕手は育成段階から正捕手になるまでは、他のポジションと比べても経験を要するポジションだ。本当の正捕手は長いシーズンをかけ、矢野コーチが鋭い目線で毎試合、1球ごとに見続けていき結論を出す。
「どんぐり」がやがて「大木」になるための捕手の育成は、挫折と苦労を味わい続け30歳で花開いた矢野コーチでこそ成せる技だ。
文=まろ麻呂
企業コンサルタントに携わった経験を活かし、子供のころから愛してやまない野球を、鋭い視点と深い洞察力で見つめる。「野球をよりわかりやすく、より面白く観るには!」をモットーに、日々書き綴っている。